高野山・精進料理 世界から参詣、旬の食材で魅了
高野山(和歌山県高野町)にある117の寺院のうち、52の寺院が宿坊として一般の参拝者も宿泊できる。そこで供される食事は朝夕ともに動物性食材を使わない精進料理だ。宿坊のなかには予約すれば宿泊せずに昼食として精進料理を味わうことができるところもある。2004年に世界遺産に登録されて以来、国内のみならず世界各地から参詣者が訪れている高野山ならではの精進料理を体験してみた。
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4月上旬に訪れた一乗院(同)は高野山真言宗・総本山金剛峯寺の東に建つ別格本山で、平安時代に善化上人が開いたと伝えられる古刹だ。
昼食はノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士がよく泊まったという部屋でいただいた。一乗院には明治から昭和にかけて活躍した博物学の巨人、南方熊楠も2回ほど夏に滞在している。手入れの行き届いた現在の庭園は熊楠が坂のところで寝そべっていた庭の原形をとどめている。
椅子を庭園に向けて座り、精進料理を楽しむ宿泊客が多い。「料理店で召し上がる料理とちょっと違うものを感じていただければ」と一乗院の住職夫人。庭園を眺めながら精進料理を味わっているとヤマガラ、エナガ、キジバトといった野鳥がやって来て春の訪れを感じさせてくれた。
春夏秋冬、季節の食材を盛り込んだ精進料理の献立は毎月ある程度変えている。春が旬で食材の主役をつとめるのは山菜だ。昼食ではフキノトウを天ぷらで味わった。標高800メートルの山上に位置する高野山は春が遅く、自生するコゴミやタラの芽は5月の連休ごろからとれる。
1週間後の4月中旬、総本山金剛峯寺御用達の高野山料理店で、明治初期創業の花菱(同)に行った。
「活盛(いけもり)」は精進料理でのお造りにあたる一品。紅白のコンニャクや、ちょっと早い夏をうかがわせるオクラなどが彩り鮮やかに盛り合わせてある。花菱の女将、大岡育子さん(61)は「新鮮な魚介類の刺し身に見立てたようによくおっしゃるが、日本人が生の魚を食べ出した歴史よりも野菜しか食べない精進の方がずっと古いはずです」と教えてくれた。
赤い近江コンニャクは先代の店主が発掘してきた素材で40年以上使っているという。マグロ以上の歯応えがあり、特製のごまじょうゆをつけていただいた。ゴマの風味が残り、独特のつぶつぶ感がある。
食材は地元産を優先して使う。この日の献立には和歌山県産の小松菜を漬け込んだ漬物や、紀州の南高梅を、酸っぱさを和らげるため蜜で炊いて揚げた赤梅の天ぷらが出された。甘酸っぱい天ぷらは、青梅の甘露煮に似た味わいだ。
花菱の精進料理の味を決めるだしは、昆布をベースにかんぴょう、シイタケ、煎り米から取る。そのだしを煎り大豆がたっぷりと吸ってくれる。布越しして取り上げたその大豆を粉にして固めたものを炊いているのが茶色い大豆もどきの煮物。「食べていただければ一番分かります」(大岡さん)というとおり、だしのうまみが凝縮された炊き合わせの一品だ。
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翌日は高野山のごま豆腐店、角濱ごまとうふ総本舗(同)が本店の近くに16年に開いた飲食店を訪れた。ごま豆腐の天ぷらなど季節の9品を盛り込んだ豆腐懐石をはじめ、各種ごま豆腐料理やスイーツを味わえる。湯葉で巻いて揚げたごま豆腐の天ぷらは、口の中でとろけるような食感が楽しめる。
同店では4人以上で2日前までに予約すれば、高野山の精進料理の一品として欠かせないごま豆腐作りを体験できる。この日は高野山大学で体験教室が開かれ、在学生十数人が参加した。講師を務める専務の角濱功治さん(41)は「すればするほどゴマの栄養が体に吸収されやすくなります」と説明する。吉野葛(くず)を使う理由は「でんぷんのきめが細かいため、これで固めていくと最終的に滑らかな仕上がりになる」からだ。
季節感を大切にする精進料理で一年中使われている食材はごま豆腐と高野豆腐に限られる。「煮物ではこの5~6月ぐらいから夏野菜のトウガンが入ってくる」(大岡さん)ように季節ごとに変わる食材が味わえるのも高野山の精進料理の魅力といえそうだ。
精進料理の一品として欠かせないごま豆腐の材料はゴマと吉野葛(くず)に水の3つだけだ。大きく分けて2系統がある。皮がついたままのゴマを火であぶって香ばしさが出てからすりつぶして作るのが永平寺(福井県)のごま豆腐だ。
高野山(和歌山県)の場合、白ゴマの外側の皮をむいて火にもかけない。煎らずに作るため、香りを立たせるよりもゴマのこくの方が強くなるようだ。このため高野山のごま豆腐は白く油分の少ないあっさりとした味が特徴となる。
(和歌山支局長 加藤宏康)
[日本経済新聞夕刊2017年5月23日付]
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