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熊本・阿蘇の赤牛丼 脂少なめ ご飯とつるん

2017/5/16付 日本経済新聞 夕刊

レストラン「ニュー草千里」ではリブロースを中心に使っている

 九州の中心、阿蘇が観光シーズンを迎えた。熊本地震と火山の噴火で道路や鉄道が損傷したが、雄大な自然とその恵みは健在だ。噴火警戒レベルは2014年8月以前の水準に戻っている。山麓で放牧した赤牛を使う丼は肉とごはんの相性がよく、この数年で阿蘇の名物料理になった。

 山上に広がる草原と噴煙を一望できるレストラン「ニュー草千里」。人気が断トツの赤牛丼は、切り口が赤い牛肉を花びらのように敷き詰めている。レアの焼き加減だ。つるりとした食感。かみしめたら牛肉のあのうまみが広がった。

 赤牛(褐色和種)は、和牛のひとつで、主に阿蘇地域で放牧している。霜降り(サシ)が少なく、肉本来の赤身のうまみが強い。焼いてごはんの上に載せる赤牛丼は、阿蘇市の食堂が生み出してから人気が広がった。今では阿蘇地域の多くの飲食店が、工夫を加えてメニューに載せている。

 ほかの和牛は「赤身にも細かい脂肪分が入り込んでいるので、こってりとした感じが出る」と浜本雄一総括支配人(39)は説明する。丼にすると脂肪分がしつこくなり、提供する飲食店は多くない。赤牛丼は、あっさりした特徴が生きた。

 ニュー草千里では「仕入れ価格が高いリブロースとサーロインを使っている」(浜本総括支配人)。価格が高くなっても、柔らかさと味の深さを両立させる狙いだ。タレは、焼き肉用を基にタマネギなどを煮込んで独自に味付けした。肉にしっかりからむ。ごはんと一緒につるんつるんとのどの奥に収まっていった。

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「よかよか亭宮地店」は看板と壁に赤牛丼を描く(熊本県阿蘇市)

 阿蘇山を北に下る。倒壊した阿蘇神社の近くにある「よかよか亭宮地店」は、看板と壁に赤牛丼を大きく描く。赤牛丼は中央に半熟卵があり、特製肉味噌としぐれ煮を添える。ここでも焼き加減が浅く、表面が赤い。「脂肪が特に少なく健康的なもも肉を柔らかく食べられるようにしている」と笹原庸幸フロアマネージャー(37)。メニューに14年に載せて以来、改良を重ねてきた。

 紅ショウガを載せるのをやめ、タレも変化させた。肉用タレは肉汁も使って深みを出し、ごはん用は甘すぎず赤身の味を邪魔しないようにした。「シンプルに洗練させたのが今の形」(笹原フロアマネージャー)。半熟卵と肉、ごはんを混ぜるとタレの甘さや塩分がまろやかに。肉味噌を加えるとひときわ濃厚になる。

 同店や熊本市の店舗を運営する三協ファーム(熊本市)は、自社牧場と牛舎で牛を飼育している。餌のワラが胃の中で発酵して二酸化炭素(CO2)を生み、牛にストレスを与えてしまわないよう、餌にビールかすを混ぜてCO2の発酵を押さえている。

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 同店近くの宮地駅前で赤牛と大書した旗が何本もはためいていた。旗を掲げる「レストラン藤屋」の「ころころ丼」の売り物は、フランス料理を基にした味付けだ。熊本地震で観光客が減り、地元の人にもっと来てもらおうと1年前にメニューに載せた。レシピは、シェフが東京のホテルのフランス料理店で修業した経験を生かしてつくった。

 焼いた赤牛のリブロースをサイコロステーキのように切って載せる。タレはシャリアピンソースの調理法を応用し、タマネギとニンニク、しょうゆや砂糖などを炊き込んでバターで仕上げた。真ん中の大根下ろしの山のてっぺんには真っ赤で小さなコショウの実。運営している藤屋観光(阿蘇市)の笹田陽三社長(80)によると「噴火している阿蘇山をイメージした」。

阿蘇山麓で放牧される赤牛(熊本県高森町)

 赤牛は阿蘇で生まれた品種だ。1960年前後までは主に農耕や運搬に使っていたが、今ではほとんどが肉用だ。阿蘇山麓に生える牧草や麦わらなどの粗飼料が主な餌だ。脂肪分を増やすトウモロコシや大豆などの穀物はあまり与えず、放牧して育てるので無駄な脂肪が少なく、和牛本来の赤身のうまさが出る。熊本県畜産農協の荒牧弘幸監事(64)の牧場(熊本県高森町)では、5~11月に自然の牧草を食べさせている。「草原と共に大事に育てた恵みを堪能してほしい」

 「やっと時代は追いついた」。全日本あか毛和牛協会(熊本市)は、ポスターやパンフレットで健康志向の高まりに合致した赤毛牛の特徴を強調している。熊本地震から1年たち、観光客は着実に阿蘇に戻ってきている。丼は観光復興を下支えする役目も担う。

<マメ知識>アクセスは復旧途上
 阿蘇地域への交通は熊本市側から向かう幹線道路と鉄道が寸断され復旧の途上だ。バスは、阿蘇市を経由してJR熊本駅と大分市中心部間を走る「やまびこ号」が1日7往復出ている。このほかJR熊本駅と大分県のJR別府駅、由布院駅をそれぞれつなぐ「九州横断バス」がある。熊本市側から電車を利用する場合、JR肥後大津駅から阿蘇市へ向かう連絡バスがある。阿蘇名所の一つ、草千里ケ浜に向かう道路は、北側の阿蘇駅側からの阿蘇東登山道坊中線のみが使える。バスは阿蘇駅から出ている。

(熊本支局長 佐藤敦)

[日本経済新聞夕刊2017年5月16日付]

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