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『マンチェスター・バイ・ザ・シー』 人は生き続ける

2017/5/12付 日本経済新聞 夕刊

 今年のアカデミー賞で主演男優賞と脚本賞を獲得した。作品賞の『ムーンライト』に匹敵する秀作だ。

東京・銀座のシネスイッチ銀座ほかで公開(C)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

 主人公リー(ケイシー・アフレック)はアメリカのボストン郊外で働く便利屋である。心に鬱屈を抱え、酒を飲んで喧嘩(けんか)沙汰をひき起こすこともある。

 突然、兄が亡くなって、リーは故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに向かう。海辺の静かな町だ。

 兄の息子のパトリックは高校生で、幼い頃リーと親しく暮らし、リーが誰より心を許せる存在だった。兄は遺言でリーをパトリックの後見人に指名していた。そのためには捨てた故郷で暮らさねばならない。リーの心は激しく乱れる……。

 製作はマット・デイモンで、当初は彼が監督・主演をする予定だった。しかし、日程が合わず、脚本を書いたケネス・ロナーガンが監督を務め、デイモンの親友であるベン・アフレックの実弟ケイシーが主役を演じることになった。アカデミー賞に相応(ふさわ)しい緊密なシナリオを、脚本家自身が堅実な演出を積みかさねて見応え十分な作品に仕上げた。

 とくに素晴らしいのは役者たちだ。主役のケイシー・アフレックは、寡黙で無(ぶ)骨(こつ)な男の孤独に寄りそうようにして、その内面にたぎる思いをじわじわと滲みださせていく。

 彼の個人史が浮き彫りになるにつれて、周囲の人々にも確かな陰翳(いんえい)が刻みこまれていく。ある事情から孤独に追いこまれたリーだが、人はひとりでは生きられない。死病を抱えながら弟リーを気づかった兄。唯一リーの内面に触れることのできる甥(おい)のパトリックなど、主人公をとり巻く人間群像劇としても感動的だ。

 なかでも、リーが別れた妻と偶然の再会を果たす場面には、万感の思いが結晶している。癒(いや)しえぬ悲しみのなかでも人は生きつづけるほかない。その思いがひしひしと伝わってくる。2時間17分。

★★★★

(映画評論家 中条 省平)

[日本経済新聞夕刊2017年5月12日付]

★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…

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