富山の昆布締め 刺し身や山菜にギュッとうまみ
もともとは冷蔵庫のない時代の漁師町の保存食だった「昆布締め」。今では、食材を日持ちをさせるという本来の目的に加え、一手間かけて味に深みを出すための調理方法として富山に根づき、商品化も進む。
昆布締めという食文化の由来は江戸時代にまでさかのぼる。富山の岩瀬や伏木などの港には、北海道でとれた海産物を日本海を経由して大阪まで運んだ「北前船」が寄港した。その際に持ち込まれたのが昆布だ。
浄土真宗の信仰があついという土地柄から、魚肉類が使えない精進料理のだしとしても使われた。「天然のいけす」とも呼ばれる富山湾では収穫されない昆布だが、生活の中に「当たり前にある」食材として定着したという。
昆布締めの作り方は単純だ。海産物などの食材をそのまま昆布で挟んで押し、しばらく寝かす。食材の水分を昆布が吸い込む一方で、グルタミン酸など昆布のうまみが食材に染み込むことで熟成した味となる。
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商品として提供され始めた歴史は意外に浅い。「昆布締めには相性がある。脂の多い魚では味がなじまない」。1973年に県内で初めて海産物を昆布締めにして商品化した食品加工業「かねみつ」(魚津市)の金三津貢社長(78)は話す。定番と言えば富山ではサスと呼ばれるカジキ。ほかにも、マダイやヒラメなどの白身の魚、富山湾ならではのシロエビやホタルイカなど季節の魚介類の昆布締めが店頭に並ぶ。
作り方がシンプルなだけに、素材にはこだわる。昆布も北海道函館近辺でとれる真昆布を選ぶ。魚の切り身などを洗うのは毎日くみに行くという富山湾の海洋深層水。昆布のうまみが負けてしまうので添加物は一切使わない。「こだわりがなければダメ」というかねみつの昆布締めの小分け詰め合わせ「こぶじめ・ひとりじめ」は、観光庁が後援する「おみやげグランプリ2017」のフード・ドリンク部門のグランプリにも選ばれた。
昆布で締めるのは海産物とは限らない。海の幸と山の幸を組み合わせたのが、岐阜県との県境に近い富山市南部にある食品加工業「山彩工房ひまわり」で作られる山菜の昆布締めだ。「昆布のうまみが山菜に染み込むとやさしい味になる」と、同工房の江尻敍子さん(82)と下坂照子さん(78)は口をそろえる。
使う素材は、飛騨(岐阜)と越中(富山)の山で育つシイタケ、ワラビ、フキ、ススタケなどの山菜。アク取りなどの下処理をして昆布だしで下味を付けた後に、昆布で締める。昆布の味がなじむ2週間から3週間くらいが食べごろだ。
ひまわりのある旧細入村地区では昔から昆布の上に山菜を重ねて保存することがあったという。その習慣を踏まえて、地元商工会の女性部が「村おこし」のためにも山菜の昆布締めを特産品にしようと考えた。ひまわりでは2008年に製造を始め、「道の駅 細入 飛越ふれあい物産センター林林」などで販売する。1カ月に製造するのは約50袋だが「ひとつひとつ手作りで真心がこもっている」と胸を張る。
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今後の課題は「伝承」だ。「若い人たちに伝えていくことで、新しいアイデアが出るかもしれない」。過疎化に悩む神通川沿いの山あいの「村」が生き残るためにも、新たな特産品の存在は小さくない。
「コース料理で刺し身を出す時には必ず昆布締めを入れている」。富山市の料亭「五万石」の安井恒夫社長(81)は話す。五万石が提供する越中料理にとって昆布締めは欠かせない存在だ。定番のサスなどの魚にこだわらず、山菜や野菜、最近では牛肉などにも幅が広がった。盛りつけたときの彩りにも気を使いながら旬の素材を厳選する。
「昆布が食材の味をまるで魔法のように引き立ててくれる」と五万石本店の尾島光広料理長(55)はいう。味だけではなく、さっと締めるだけで香り付けにもなる。「味を付けるタイミングや提供の仕方などはやはり素材によって異なる。シンプルな分だけ奥が深い」としみじみと語る。
今や正月の「おせち料理」に含まれる料理としても全国に広がった昆布締めだが、きっかけは10年ほど前に五万石が販売したおせちに入れたことだという。「富山の郷土料理が日本料理に昇格した」。安井社長は感慨深げに話した。
富山の人々の昆布好きは筋金入りだ。総務省統計局の家計調査報告によると、2016年の富山市の1世帯当たりの「こんぶ」の支出額は1984円。都道府県庁所在地別のデータが確認できる1960年以降、2013年を除いて56回目のトップとなった。
昆布の使い方は幅広い。かまぼこに巻いた「昆布巻きかまぼこ」や海苔(のり)の代わりにとろろ昆布で包んだ「昆布おにぎり」は県民食。昆布締めで使った昆布も、つくだ煮にしたり、煮物に入れたりなどして「捨てることはない」という。
(富山支局長 伊藤新時)
[日本経済新聞夕刊2017年4月25日付]
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