明治・大正期の灯台 風雪に耐え絶景にそびえ立つ
風雪や時代の荒波に耐え海の安全を見守り続ける姿は、けなげで美しい。
青い空と白亜のコントラスト、闇の向こうに真っすぐ伸びる光の筋。
季節や時間で表情を変える灯台を目指そう。
国内に3000超、歴史も魅力
四方を海に囲まれた日本には、3000を超える灯台がある。明治の開国で、航行安全のために主要航路に近い岬に建設したのが近代灯台の始まり。英国やフランスから招いた技師に設計を依頼した洋風のシルエットが時代を感じさせる。
今回は建造からおおむね100年を経た明治・大正期の灯台を対象にした。1位の出雲日御碕灯台は10人の選者全員、2位の犬吠埼灯台は8人がベスト10に選び、人気を分けた。
灯台を巡る楽しさの一つは構造物としての魅力にある。本体の素材は御影石、レンガ、鉄など様々。デザインもそれぞれ違う。先端には巨大な「フレネルレンズ」が鎮座する。
時にはバス停から何十分も歩く。らせん状の階段を上るのもつらい。それでも、海や空に映える白亜の姿を目にし、先端から360度の景色を見渡せば、それまでの苦労を忘れるだろう。灯台はその目立つ姿ゆえ、戦時中には空からの機銃掃射の対象になり、一部にはその痕跡が今も残る。風雪に耐えた灯台の歴史にも思いをはせたい。
威風堂々、高さ日本一44メートル(島根県出雲市)
神話と伝説の出雲地方。日本海の荒波が洗う断崖に立つ灯台は天に伸びる。高さは日本一の44メートル。その容姿は「威風堂々としている」(大谷雅彦さん)。天候に恵まれると展望台からは南に中国山地、北には隠岐の島影が望め、「夕日の中に輝きを放つレンズの美しさに魅了される」(川西康仁さん)。
外壁は石造り、内壁はレンガ造りの二重構造で技術的な価値が高く、国の登録有形文化財に指定。内部のらせん階段は「鉄の装飾が美しい」(佐藤純さん)。出雲大社と一緒に。
(1)交通 JR出雲市駅からバスで45分(2)初点灯 1903年(3)公開時間 9時~16時半(4)問い合わせ先 電話0853・54・5341
白亜の塔 立ち姿に品格(千葉県銚子市)
太平洋に突き出た犬吠埼の突端に位置する。「日本の灯台の父」と呼ばれる英国人技師、ブラントンが設計した白亜の灯台は海運で栄えた銚子のシンボル。元は北米航路の重要拠点として建設され、「太平洋を往来する人々のつながりを感じさせる」(谷川竜一さん)。「立ち姿に品格」(岡克己さん)があるレンガ造りで、2010年には国の登録有形文化財に選定された。
見学者日本一を誇る人気の理由は「充実した資料展示室」(不動まゆうさん)にもある。濃霧の際に灯台の場所を知らせた霧鐘、国産第1号の大型レンズなど灯台の歴史を学べる。海沿いをのんびり走る銚子電鉄、足を延ばせば約10キロの断崖が続く屏風ケ浦と、岬巡りの楽しさは尽きない。
(1)銚子電鉄犬吠駅から徒歩7分(2)1874年(3)8時半~16時(4)電話0479・25・8239
欧州の古城の雰囲気(山口県下関市)
日本海の離島、角島で光をともし続けて140年。2000年に全長1780メートルの角島大橋が完成し、その洋風で優雅な姿に近年人気が高まっている。ブラントンら英国人技術者が設計・建設を担当したこの灯台は、切り出した御影石をそのまま積み上げた粗削りの外壁が特徴で、見上げると欧州の古城の雰囲気がある。高さ2.59メートルの正八角形レンズは英国からの輸入品。「点灯当時から使われる貴重な存在」(不動さん)だ。
季節は夏がいい。「青い海にかかる大橋を渡り、だんだんと灯台が近づく姿はドラマチック」(佐藤さん)。7月になると灯台の足元の海岸には一面、白いハマユウが咲き乱れる。
(1)JR特牛(こっとい)駅からバスで25分(2)1876年(3)9時~16時(5~9月は9時半~16時半)(4)電話083・786・0108
大きな目玉、49キロ沖合まで光(高知県室戸市)
台風銀座の岬の先で、太平洋に向かって踏ん張る鉄造の灯台。背は低いが頑丈。黒潮の海を行く船の安全を守る灯光は、国内では最も遠い約49キロの沖合まで届く。「大きな目玉のようなレンズを正面から眺めることができる」(岡本美鈴さん)のも魅力。戦時中には米軍の機銃掃射を受け、その傷痕が今も残る。そばには、四国霊場巡りの札所もある。
(1)土佐くろしお鉄道奈半利駅からバスで50分(2)1899年
北前船への狼煙、今に(石川県珠洲市)
日本海に突き出た能登半島沖は、北前船の主要航路だった。現在灯台がある場所は狼煙(のろし)という地名で、かつては「狼煙がたかれ、北前船の海運のための灯明台が置かれていた」(谷川さん)。奥州へ落ち延びた源義経にちなむ伝説も残る。レンズは動かず、内側の遮蔽板が回転して光を点滅させる珍しい方式を採用しているのも見どころ。
(1)能登空港から車で70分(2)1883年
放牧馬との対照美(青森県東通村)
本州の北のはずれの下北半島。その北東端に立ち、津軽海峡を航行する船の安全を守ってきた。レンガ造りでは日本一の高さ(33メートル)で、濃霧の日に音で場所を知らせる霧鐘や霧笛が国内で最初に設置された。「(農用馬の)寒立馬(かんだちめ)が放牧される草原の先端に立つ姿が美しい」(野口毅さん)。交通の便が悪く、冬は風雪に閉ざされる。それだけに、たどり着いた灯台から遠くに北海道を目にすると「最果てまで来た苦労を忘れさせてくれる」(佐藤さん)。
(1)むつバスターミナルからバスで60分(2)1876年
初の登録有形文化財(松江市)
島根半島東端の地蔵崎に立ち、西端の出雲日御碕灯台と対をなす。山陰では最初の洋式灯台で、07年には敷地に残る社屋と共に灯台として初めて国の登録有形文化財に指定された。「今も明治の姿を残している」(川西さん)。旧社屋はカフェになっている。内部は例年、「海の日」に一般公開している。
(1)JR松江駅から車で45分(2)1898年
海運近代化の灯ともす(神奈川県横須賀市)
海運近代化の灯をともした「日本最初の洋式灯台」(小出憲博さん)。東京湾の入り口の浦賀水道に面して立つ。初代、2代目はいずれも地震で倒壊し、現在の建物は1925年に再建された3代目。初代着工の11月1日は後に「灯台記念日」となった。対岸の房総半島も見渡せ、敷地には高浜虚子の歌碑もある。
(1)京浜急行電鉄浦賀駅からバスで15分(2)1869年(3)9時~16時(5~9月は16時半まで)(4)電話046・841・0311
南国にふさわしい石造り(和歌山県串本町)
黒潮が洗う本州最南端の潮岬は海上交通の要衝。幕末に外国船の来港を監視する遠見番所があった場所に木造灯台を建てたが、台風の直撃で倒壊。1878年に改築された2代目が今も現役で活躍する。「湿潤な潮風の吹く南国にふさわしい石造の灯台」(谷川さん)だ。周囲の自然も魅力。サンゴ礁北限の周辺海域はラムサール条約登録湿地に指定されている。
(1)JR串本駅からバスで20分(2)1873年(3)9時~16時(5~9月は16時半まで)(4)電話0735・62・0141
九州最古、関門海峡見守る(北九州市)
流れが速く複雑な関門海峡の入り口を九州側から見守る。潮流の変化を電光表示で知らせる潮流信号所が併設されている。前史は江戸時代の灯明台にさかのぼる。そして幕末。開港に伴う海上運航安全のため石造りの灯台の設置が決まった。「近世の人々の思いを継承する灯台」(谷川さん)で、現存では九州最古。「地元の人に愛され、灯台周辺がきれいに整備されている」(不動さん)。
(1)JR門司港駅からバスで35分(2)1872年
◇ ◇
ランキングの見方 数字は、選者の評価を点数に換算した総得点。名称、所在地。(1)交通手段(2)初点灯の年(3)公開時間(4)問い合わせ先((3)(4)は公開している灯台のみ)。1、2位の写真は矢後衛、4位は井上昭義撮影。3、6、7、8、10位は野口毅氏提供、5、9位は岡克己氏提供。
調査の方法 明治~大正期に建造され、国内に現存する灯台が対象。公共交通機関などで現地に行ける灯台の中から、専門家への取材を基に24灯台を選出。さらに10人の専門家にベスト10を選んでもらい、集計して点数化した。選者は以下の通り(敬称略、五十音順)。
大谷雅彦(日本航路標識協会総務部長)▽岡克己(写真家)▽岡本美鈴(フリーダイバー)▽川西康仁(灯台ファン)▽小出憲博(燈光会総務部長)▽佐藤純(灯台女子)▽谷川竜一(金沢大学助教)▽灯台研究生(海上保安官)▽野口毅(写真家)▽不動まゆう(「灯台どうだい?」編集長)
[NIKKEIプラス1 2017年4月22日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。