「じゃこ天」聖地、愛媛・南予 熱々フカフカやみつき
じゃこ天は灰色やきつね色で「さつま揚げ」などと同じ油で揚げた魚肉練り製品だ。製造業者は宇和島市、八幡浜市といった「南予」と呼ばれる愛媛県の西南部に多い。海に面した地域の特産品として近年、県内外で人気が高まっている。
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愛媛の県都、松山市の玄関口、JR松山駅に降り立つと改札口を出てすぐ左横の店が目に入る。「じゃこ天」の4文字が目立つ看板を掲げるのは練り製品を製造販売する安岡蒲鉾(愛媛県宇和島市)の「かけはし松山店」だ。
一番売れ筋のじゃこ天は頼めば目の前で魚のすり身を揚げて、作りたても出す。JR四国のグループ会社が運営する隣のうどんそば店では、安岡蒲鉾のじゃこ天を入れたうどんが一番人気のメニューだ。
じゃこ天は魚の頭や内臓を取り除いて骨や皮ごとすり身にして油で揚げる。カマボコのような通常の練り製品と異なり、魚の風味が残る。どろりとしたすり身を形を整えて揚げるが、一般に扁平(へんぺい)型が多い。安岡蒲鉾の場合、大きさは手のひらより少し小さく、厚みは1センチメートルといった程度だ。
人気の食べ方は、店先で作りたてを口にすることだ。揚げたてのじゃこ天はフカフカで、噛(か)むと肉汁が出て、加工食品とは思えないあじわいがある。
一方で「買って帰ったじゃこ天は、あぶって食べるのがお勧め」。松山市にある伊予鉄道・松山市駅前で練り製品を販売する木村蒲鉾店の木邨一店長(53)は「オーブンやフライパンを使うと油が落ちてパリッとする」と、あぶり方のコツを教えてくれる。あぶったじゃこ天は歯応えがあって味が濃く、香ばしさも増す。
製造業者によって食感も異なる。骨や皮もすり潰しているので、食感は「ジャリジャリ」とか「キシキシ」と例えられることが多いが、細かくすりつぶし、混ざり物がある感じをなくしたものもある。
食感の違いについて、宇和島市の練り製品の製造業者で組織する宇和島蒲鉾協同組合の薬師神啓一代表理事(66、薬師神かまぼこ代表)は「材料にする魚の種類や大きさ、すり身の練り方、成形の仕方が影響する」と説明する。
じゃこ天の代表的な材料はホタルジャコという小魚とされる。体色は赤っぽく外見は金魚に似ているが、内側は「くせのない白身」(安岡蒲鉾の安岡弘和さん=35)。ほかにもアジ、タチウオ、エソといった様々な種類の魚が材料になる。
じゃこ天はその名の由来、定着の過程が定かではないが、すり身の材料にする「雑魚(ざこ)」が転じたとされる説が広く知られる。1匹ずつでは売り物にならない雑魚を活用したのがじゃこ天というわけだ。
「漁業の町、八幡浜で水揚げされるいろいろな魚を材料にしていた。城下町の宇和島で洗練され、材料も比較的高価なホタルジャコが定着していったのでは」。松山の道後温泉にも店舗を構える練り製品製販、谷本蒲鉾店(八幡浜市)の谷本憲昭社長(42)は自説を披露する。
松山市では旅行者の行き来が多い松山空港にも、揚げたてを買って食べられる店がある。宇和島蒲鉾協同組合が「宇和島じゃこ天」を地域団体商標として登録、じゃこ天を地域振興に積極活用する宇和島市も街の中心部や郊外の道の駅に多くの店があり、食べ歩きに打ってつけだ。
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数は多くないが、宇和島には揚げたてのじゃこ天を出す飲食店もある。宇和島城の登山口前にある和食店「一心」で一番の人気メニューは揚げたてのじゃこ天。店主の三浦憲博さん(59)によると「じゃこ天はしょっぱいので、大根おろしを載せて食べるといい。はさみ揚げだと甘味のあるサツマイモなんかと合う」。
「イワシのつみれよりアッサリしてていい」。商工組合中央金庫松山支店の本間逸夫支店長(49)は昨夏、松山に赴任してじゃこ天の味を知り、病みつきになった。今では揚げたてのじゃこ天で一杯やるのが楽しみだ。
じゃこ天の通販が伸びているという木村蒲鉾店の木邨店長は「転勤で愛媛に来て、じゃこ天を知った人による取り寄せ需要も支えになっている」と分析する。製造業者には全国各地の百貨店から、じゃこ天を目玉商品にする催事の引き合いも根強いという。愛媛のソウルフードは着実に県外でもファンを増やしている。
八幡浜市、宇和島市などに住む人々の間では、じゃこ天は様々な形で活用されてきた。刻んでカレーや野菜いため、味噌汁に入れるなど。特産品として浸透が進むじゃこ天だが、まだ「皮てんぷら」などと呼ばれていた時代から郷土の味として親しまれ、地元の人々にとって身近な食材だった。
最近ではじゃこ天をパン生地で挟んだ商品を開発したり、せんべい状にして売り出したりする取り組みもある。じゃこ天の使い方を自分で工夫してみるのも、また一興かもしれない。
(松山支局長 岩崎樹生)
[日本経済新聞夕刊2017年4月18日付]
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