『人生タクシー』 イラン社会の現実、軽妙に
イランのジャファル・パナヒ監督は、当局から映画製作を禁じられているが、無許可で「これは映画ではない」「閉ざされたカーテン」を製作、国外に密(ひそ)かに持ち出して海外の映画祭で受賞している。
今回も当局の許可なしで製作。パナヒ監督自身がタクシー運転手に扮(ふん)し、テヘランの街を走りながら、次々と乗ってくる市民たちの姿とその会話を、時にユーモアを漂わせて軽やかに描き出している。
イランではタクシーは相乗りが一般的なようで、冒頭で乗ってきた自称路上強盗の男と女性教師は、死刑制度の是非をめぐって言い争う。また海賊版のレンタルビデオ業者を乗せて走っていると、交通事故で怪我(けが)をした夫を妻が泣きながら病院まで運んで欲しいと監督に頼み込む。
パナヒ監督の顔は知られているのだろう。レンタルビデオ業者は運転手が監督と知って話しかける。また彼がビデオを届けた映画を学ぶ大学生も監督を認めて映画について問いかけ、監督も応じる。
もっともこうした乗客との対話は果たしてどこまで実際の出来事であるのか。撮影はダッシュボードに置かれたカメラが中心だが、幾つかのシーンの切り返し画面から別のカメラで撮影されていることが知れ、そこから全編が巧妙に演出されているのがわかる。
例えば、監督が乗客を降ろしてハイティーンの姪(めい)を迎えに行くシーン。彼女は学校の授業で映画製作を学んでいて、監督がタクシーを離れた間にビデオで路上のゴミ箱を漁る少年を撮り始めるが、その映像がそのまま使われ、虚実の境目を巧みに織り上げている。
演出は少々あからさまなところが見えるが、今は亡きアッバス・キアロスタミ監督の弟子らしく、個人映画のような軽妙で臨機応変のスタイルでイラン社会の現実を炙(あぶ)り出している。1時間22分。
★★★★
(映画評論家 村山 匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2017年4月14日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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