「難病患者に未承認薬」制度1年 拡大治験まだ4件
安全重視 実施に時間
四国に住む70代女性は肺がんで最も多い「非小細胞肺がん」を患い、様々な抗がん剤で治療した。効果や高額さが注目される免疫薬「オプジーボ」も使ったが進行は止められなかった。
地元の病院でがん細胞を調べたところ、「ROS-1」という遺伝子の異常が判明。がん細胞表面にある特定の分子を目印に攻撃し、正常細胞は影響を受けにくいとされる分子標的薬「ザーコリ」の拡大治験に参加できることになり、2月に兵庫県立がんセンター(明石市)で治療を始めた。
拡大治験は開発が最終段階にある本来の治験(臨床試験、主にフェーズ3)に参加条件が合わないなどして加われなかった患者が、それ以外に有効な選択肢がない場合に参加できる。2014年6月の「日本再興戦略」改訂で政府が「日本版コンパッショネート・ユース(人道的見地からの治験)」の導入を掲げ、16年1月に制度が設けられた。
患者はまず、医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームぺージに掲載された実施中の「主たる治験」から薬の情報を収集。主治医にその薬で治療できるかを相談する。主治医が製薬会社に拡大治験を要望し、実施が決まれば治療を受けられるという流れだ。
1例目まで7カ月
初の拡大試験は昨年7月にファイザーがザーコリで始めた。国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)など5施設が実施する。
この薬は12年3月に別の遺伝子の異常がある非小細胞がん患者を対象に承認された。その後、ROS-1遺伝子の異常でも効果があることが分かり、同社は治験を終えて昨年8月に適応追加の承認を申請した。まだ審査が終わっておらず、その間は治験薬は使えないため拡大治験に至った。
拡大治験で万一、重大な副作用が出れば承認に影響が出かねない。ファイザーのオンコロジー領域部の広橋朋子部長は「ザーコリは使用歴が長く、安全性が確認されているので実施に踏み切れた」と振り返る。
ただ制度導入から実施までに7カ月かかった。本来の治験に準じて実施するため、実施計画書の作成や各医療機関の治験審査委員会(IRB)の承認など一定の手続きが必要。要望があっても実施までに時間がかかるのが課題だ。
手続きなど課題も
特定の頭頸(けい)部がんを対象にオプジーボの拡大治験を始めた小野薬品工業の牟田博之・薬事管理部長は「手続きで要望から開始まで4カ月ほどかかり、当初予定した患者に間に合わなかった」と話す。
国内で現在、主たる治験は約700件が実施されているが、拡大治験に至ったのは昨年末時点で4件。少ない理由には手続きの手間や安全性への懸念がある。さらに未承認薬を紹介するなど患者から拡大治験について相談を受ける医師の、制度への理解度に差があることも背景にあるようだ。
規模の想定も難しい。中外製薬の樋口雅義薬事部長は「本来の治験は目標症例数が決まっているが、拡大治験は何人参加するかわからない」と指摘。人員配置などを見通しづらく、「不足すれば患者に不利益が生じる。運用のハードルは高い」と話す。
◇ ◇
費用や業務…医療機関の負担重く
拡大治験の場となる医療機関の負担も小さくない。それぞれ、通常の治験で製薬会社が支払う費用の6~7割程度で引き受けている。製薬会社が実施しやすくするためだ。
ただその分、人件費を抑えざるをえない。治験業務を支援する治験コーディネーター(CRC)は外部委託できず、院内のCRCで対応。国立がん研究センター東病院の吉野孝之・研究実施管理部長は「(拡大治験が増えすぎると)本来の治験に影響が出て、新薬の承認が結果として遅れる恐れが出てくる」と懸念する。兵庫県立がんセンター呼吸器内科の里内美弥子部長も「CRCや医師の負担が大きくなり、治験を行う施設が疲弊する可能性もある」と指摘する。
制度上はGCP(臨床試験の実施基準)と呼ばれるルールを緩和することになっているが、現状は本来の治験とほぼ同様に安全性と有効性を調べて報告書に記載する。吉野氏は「一番大事なのは安全性を損なわないこと。副作用は重大、未知のものだけ当局に報告するなど運用を柔軟にすべきだ」と話す。
(西山彰彦)
[日本経済新聞朝刊2017年2月26日付]
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