映画『彼らが本気で編むときは、』 母性の純粋型
「オール・アバウト・マイ・マザー」「チョコレートドーナツ」「彼は秘密の女ともだち」……。トランスジェンダーを描く秀作映画の多くは、同時に母子の物語でもあった。荻上直子監督のこの新作もそうだ。
小5のトモ(柿原りんか)と2人暮らしの母ヒロミが何度目かの家出をする。トモはいつものように叔父のマキオ(桐谷健太)を頼るが、今回は叔父宅に美しい同居人、リンコ(生田斗真)がいた。「体の工事」は終わったが、戸籍はまだ男。温かい朝食と心づくしの弁当を作り、惜しみない愛情をトモに注いでくれる。
リンコは老人ホームでトモの祖母のサユリを介護している。サユリは娘のヒロミと確執があり、専らマキオが面倒を見ている。
少年期から性に違和感があったリンコだが、母親のフミコはわが子を全面的に肯定し、毛糸で付け胸を編んだ。フミコは「リンコを傷つけたら容赦しないわよ」とトモにまですごむ。
トモの同級生カイは先輩の男子に恋している。抑圧的な母親は息子の真情に気づかない。トモと一緒にいるリンコにも嫌悪感を抱き、児童相談所に通報する。
偏見を受けた時、リンコは編み物をすることで怒りをのみ込む。その毅然とした姿を見て成長するトモ。母性に目覚めたリンコはマキオと共に、トモを養女にしようと決意するが……。
サユリとヒロミ、ヒロミとトモ、フミコとリンコ……。数組の母娘の愛憎が辛辣に描かれる。愛が過剰な母、愛に飢えた娘。どれも切実だ。母になること、母であることがいかに難しいかを冷徹に描き出す。
性別を越えたリンコは、彼女たち以上の困難を引き受けて、なお母になろうとする。そこに母性の純粋型があり、胸を打つ。「かもめ食堂」などで自分らしく生きる女性を温かく描いてきた荻上のまなざしが、初めて社会に突き刺さった。2時間7分。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2017年2月24日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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