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ウルトラ光線、私の必殺技 円谷英二と戦った光学作画 光学作画技師、飯塚定雄

2017/2/16付 日本経済新聞 朝刊

筆者の描いたスペシウム光線(C)円谷プロ

 ゴジラの放射能熱線、キングギドラの引力光線、ウルトラマンのスペシウム光線……。特撮の神様と呼ばれた円谷英二監督に「光学合成」「光学作画」という仕事をもらって以来、60年以上にわたりさまざまな映像の合成や画面の中の光線作りに携わってきた。技術も方法論もないフィルムの時代、すべてゼロからの出発だった。

 洋画家の東郷青児の下で絵を学んでいた僕が、アルバイトで東京・砧(きぬた)の東宝撮影所に入ったのは19歳のとき。円谷のオヤジさん(以下オヤジ)がちょうど「ゴジラ」(1954年公開)を制作しているときだった。

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■バイトで監督に直言

 当初はミニチュアの建物に「汚し」の着色を施すといった美術助手の仕事だった。仕事は面白く率先して工夫をした。画面に奥行きが必要と言われれば、ミニチュアの前に電柱を立てたり、奥にベニヤ板を立てて細かな風景を描いたり。

 現場ではオヤジは絶対的な存在だったが、僕は「それだとうまくいかない」と平気でたてついた。そんな性格を気に入ったのか「おい、ちょっとのぞいてみろ!」とカメラをのぞかせて意見を求められることもあった。

 美術助手を2年ほどやったころ、オヤジから呼び出された。「これから違うのやるから、お前やらねえか」。それが光学作画部の仕事だった。特撮には不可欠として、オヤジの肝いりで新設された。別々に撮った2本以上の映像フィルムや、別に作画した映像素材を合成するのが主な仕事だ。

 フィルムの合成は、ただ重ねて撮影しても二重写しになるだけ。映像の重なる部分を隠さなければならない。ゴジラの映像と実写風景の合成なら、前者はゴジラの背景、後者はゴジラが動く部分を隠す「マスク」と呼ばれるアニメーションを作る必要がある。

 一コマずつ輪郭の異なる黒塗りの絵を何百枚と描くのだが、今のようにパソコンで作画できるわけではない。映像やフィルムを何度も見て、手作業でアタリをつけて輪郭を描いていく。ゴジラなど、体も背景も黒いモノクロ映像だから、輪郭を見つけるのに苦労した。

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■動きに合わせ曲げる

 光線や火を作画する仕事も試行錯誤の連続。「地球防衛軍」(57年)では光線による攻防を、水槽に空気を送り込むエアストーンで作った泡に光を当てて作ったりした。「日本誕生」(59年)では、剣に炎の竜巻を起こすのにひと苦労。「宇宙大戦争」(同)でロケット噴射を派手に描いたら「宇宙空間でそんなでかい噴射が出るか」と怒られた。

 オヤジには「なんか違う」とダメ出しをくらい、何百枚も没にされた。「だったらあんたがやれ!」とキレそうになったが、生来の負けず嫌い。結局オヤジが納得してくれるまで粘った。

 光線で思い出すのは「三大怪獣 地球最大の決戦」(64年)に登場した3つ首怪獣キングギドラ。オヤジは最初「直線的な光線にしたい」と、そんな絵のポスターまでできていた。だが、ぐにゃぐにゃばらばらに動く首と爆発地点が直線で結べないから無理だ、とオヤジを説得し、放電みたいに曲げる光線にした。

 このとき、地面に光線が達してから爆発炎上するまでに少し時間を置いてみたのは僕のアイデア。ギドラの強さが際立ち、オヤジもほめてくれた。戦中に米機が撃つ曳光(えいこう)弾を間近に見た体験が役立った。

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■代名詞は別作品をまね

 オヤジが円谷プロを作ってからは、そちらの仕事も手伝った。そこで生まれたのが「ウルトラマン」のスペシウム光線だ。腕を十字に組んで発する光線だが、これを1本線にしたのでは弱い。悩んだあげく思い出したのは東宝の「怪獣大戦争」(65年)だった。

飯塚定雄さん

 科学者が発明した、宇宙人の光線を遮蔽する光線という設定で、何本もの細い線をまとめて走らせたもの。これを幅をもたせて描くことで強く真っすぐな正義の光線ができた。今では僕の代名詞となっている光線だが、自分の作った別作品の光線をまねたというのは今だから話せる話だ。

 オヤジの死後、僕は独立し、映画やテレビでこの仕事を続けてきた。イラストレーターの開田裕治氏とコラボした「ウルトラな二人展」を今日から東京・中野のギャラリー・リトルハイで開く(22日まで)。地味な仕事だが、未知の世界を切り開いてきた自負はある。そんな仕事の一端をのぞいてほしい。

(いいづか・さだお=光学作画技師)

[日本経済新聞朝刊2017年2月16日付]

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