米中戦争 渡部悦和著
軍事能力を分析し備えを提案
本書は、元陸上自衛隊東部方面総監である著者が、米中それぞれの軍事能力、戦略を客観的に、専門的に考察し、米中衝突のシナリオとその展開の予測、日本の果たすべき役割について記した著作である。米中戦争など起きる筈(はず)はないなどというのはまさに「思考停止」であり、最悪の事態を想定して万全の備えをすべきだと著者はいう。
著者は、中国について、特に1996年以降着実に軍事能力を上げつつ、習近平の下で軍事改革を進めていると見る。中国は、あらゆる限界を超えて作戦を遂行する「超限戦」を想定し、陸・海・空・宇宙・サイバーの各ドメインでアメリカに学びながら着実に差を縮めているという。その能力は衛星攻撃やサイバーなどの面で躍進しているが、まだ弱点も少なくなく、たとえA2/AD戦略でアメリカのエア・シーバトルに対峙しても、総合力では簡単に米軍に追いつかないという。時間軸から見れば今後5年から15年はこのままで推移するものの、次第に米軍の支配空間は小さくなり、東アジアは将来的に中国の影響下に入る可能性があるとも示唆する。
本書の分析には幾つかの特徴がある。第1に、脅威について一般に「意思と能力」で判断するが、対象までの「距離」を重視すべきだという。東シナ海、台湾海峡、南シナ海など、米中衝突の可能性のある場所まで、それぞれの基地や拠点からどれだけの距離があるかを本書は重視する。これは説得的である。第2に、これは著者からすれば当然だろうが、電磁レールガンなどの新たな軍事技術など、アメリカ側の軍事技術の開発も考慮している点だ。その上でおこなわれるスコアカードというシミュレーションも読者には新鮮だろう。それにより、アメリカは依然として優勢だが、その優位性が次第に失われてきていることにも気づかされる。
本書は米中の双方を「等身大」に捉えながら、客観的、かつ具体的に軍事力と戦略を見据えて、米中戦争の可能性と結果を見定め、とかく偏りがちな日本の安全保障に関する言論を諌(いさ)めていることがわかる。その日本について著者は、大災害などが複合的に生じる「同時に生起する複合事態」への警戒が必要としつつ、安全保障については自己規制を解き、一方で自力で国土防衛する能力とともに、他方で日米により統合作戦を実施する能力を高めるべきだと提案する。尖閣諸島周辺での衝突に際してのシミュレーションもなされ、国土防衛の具体像が示される点も考える材料になるだろう。
(東京大学教授 川島 真)
[日本経済新聞朝刊2017年2月12日付]
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