空港が育む!? 工業都市・北九州の意外な名産「カキ」
殻磨く手間、うまみ増す
臨海部に工場群が広がる工業都市のイメージが強い北九州市に、福岡県最大の水揚げ量を誇る意外な海の幸がある。冬場に旬を迎える「豊前海一粒かき」だ。クセのない濃厚なうまみが特徴で、広島や宮城などの名産地に勝るとも劣らない。同市が県内最大のカキ産地となった秘密は、曽根干潟の沖合約3キロメートルに浮かぶ北九州空港にある。
北九州市東部沖から大分県北部沖に広がり、「豊前海」とも呼ばれる周防灘の一部海域。豊前海一粒かきは福岡県内の漁業団体が2009年に商標登録したブランドカキで、豊前海のうち同市東部から同県豊前市までの海域で養殖されるものを指す。毎年12月から翌年3月にかけて産地の沿岸に立ち並ぶカキ小屋などで味わえる。
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特に北九州市内ではこの時期、カキやワタリガニなどが水揚げされる漁港を経由して観光名所の門司港レトロ地区と北九州空港を結ぶ「北九州カニ・カキロード」沿いなどに直売所やカキ小屋が登場。その数は約40軒に上り、工業都市の冬の風物詩となっている。
中には漁協直営のカキ小屋もあり、曽根干潟に面した河口のそばに立つ「はちがめ」はその一つ。新鮮なカキを焼いて食べられるほか、牡蠣(かき)グラタンや牡蠣フライ、牡蠣めしなどの料理も楽しめる。
看板メニューの豊前海一粒かきは一盛りが13個前後。まずカキの平らな面を下にして焼き台の上に並べていく。殻が少し開いたら、ひっくり返してさらに焼く。しばらく焼いたら片手に軍手をしてカキを持ち、殻の隙間にナイフを差し込んでこじ開ける。
ぷりぷりの身が現れ、冷めないうちにほお張ると、かむ度に濃厚なうまみだけが口の中に広がっていく。クセや臭みのような後味は感じられず、ぽん酢で味を付けなくてもいくらでも食べられるほどだ。
「臭みがないのは、一粒かきが通常のカキよりも短期間で成長するため」と同店の運営会社の営業部長で、曽根漁協の漁師の松本良太さん(46)。「カキは一般的に出荷まで約2年かかるが、一粒かきは最短8カ月で済む。若いカキを食べられるので、臭みを感じにくいようだ」と続ける。
早く大きくなるカキの成長を促す最大の「功労者」は実は北九州空港だ。空港島が巨大な防波堤の役割を果たして陸側の海域は波が穏やかになるため「殻を開いてエサを食べる時間が長くなり、成長も早くなる」(松本さん)という。
その海域に貫山など山や森に源を発する4本の川から、エサとなる植物性プランクトンを豊富に含む水が流れ込む。海水の塩分濃度もカキの養殖に最適で、空港島から陸側には約100枚の養殖いかだが浮かぶ。北九州市産の水揚げ量は年間1千トン前後に達し、一粒かきのうち約8割を占める最大の産地となっている。
一般的にカキはむき身で流通することが多いのに対し、一粒かきは殻付きのままで出荷するのが特徴だ。漁師が収穫後、一つ一つ丁寧に殻を磨いて付着した藻やフジツボなどを落としており、一粒かきという名称の由来にもなった。
豊前海北部漁協の監事で恒見地区の漁師、尾崎栄一さん(50)は「殻が汚れたまま水槽に入れるとカキが汚れた水を吸って身に臭みが残ってしまう。殻を磨くことでカキ本来の味を引き出せる」と説明する。
だが、殻付きでは出荷時に身の太り具合が分かりにくく、当たり外れが出ることがある。このため、恒見地区ではカキをいったん収穫して殻を磨いた後で籠に入れ、もう一度海中につるす一手間を加えている。
「カキはまず殻が成長して次に身が太っていくので、一度水揚げして殻を磨く際に少し削っておく。再び海に戻して2週間から1カ月たつと身の成長が殻に追いつき、当たり外れがほぼなくなる」(尾崎さん)
恒見地区の漁業者が1980年代に広島や宮城に足を運び、持ち帰った養殖技術を磨き上げてきた豊前海一粒かき。今では福岡県内外から養殖業者が視察に訪れるほどで、カキ好きならぜひ舌で確かめてほしい北九州の冬の味覚だ。
豊前海一粒かきは北九州市内では「はちがめ」のほか、「恒見 焼き喰(く)い処(どころ)」や「かきの平尾」といったカキ小屋で味わえる。市外では豊前市の水産振興施設の隣にある「豊築丸の浜焼き小屋」などが交通アクセスが比較的良い。
ただ、一粒かきは漁協周辺での直売が主流で、主要駅や空港周辺の飲食店のメニューで目にする機会は少ない。出張客や観光客への認知度を高めるためにも、漁協と行政が連携して一粒かきを提供する飲食店を増やしていくことが課題となっている。
(北九州支局長 青木志成)
[日本経済新聞夕刊2017年2月7日付]
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