テクノロジーは貧困を救わない 外山健太郎著
技術以外に必要なものを問う
米マイクロソフトは2005年に貧困撲滅に役立つ技術を開発する目的でインドに研究所を設立し、同社のエンジニアだった著者はその創立メンバーとして勇躍乗り込んだ。だが、インドの現場での試行錯誤を通じて著者が学んだことは、ただ貧しい人々や子供たちにパソコンを配布したり、インターネットに接続できる環境を整えたりするだけでは、期待したような効果は表れないということだった。
米国に戻った著者は大学院に入り直し、技術と社会の関係について研究する。著者が行きついたのは「増幅の法則」だった。パソコンなどの技術は人々がもともと持っている意志や能力を増幅するように機能する。受益者の側に貧困を抜け出そうという意志や学習の基礎的な能力が備わっていなければ、技術は貧困撲滅や学業成績の向上には役立たないということである。
著者は「増幅の法則」が技術と社会の関係一般に当てはまるのではないかと考える。例えば、ソーシャルメディアが「アラブの春」をもたらしたという説があるが、もともと独裁政権に対する市民の不満があり、政権に反対する組織が存在していたところで、ソーシャルメディアが反対勢力の影響力増幅の道具として利用され、政権打倒につながったのである。ソーシャルメディアを与えれば民主主義が生まれるというものではない。
意志や能力は技術によって増幅されるが、根本となる意志や能力は技術によっては作れない。それは、人々のなかにもともと備わっているもので、それを引き出すことができるのは身近にいる教師だけである。意志と能力のある受益者と熱意のある教師がいて初めて技術が貧困撲滅などに期待された効果を上げることができる。
本書は日本でどのように受け取られるだろうか。邦題だけを見ると、技術によって貧困問題を解決するという野望を抱いたが失敗した、と否定的に受け取られてしまいそうだ。だが、本書から読み取るべきは、著者が貧困層や若者たちの啓蒙に努力し続けてきたからこそ重要な教訓を得たということである。
日本は技術立国を標榜してきたし、技術こそが会社の礎だとする日本企業は少なくない。だが、技術が単なる増幅器だとすると、日本は技術を発達させて何を増幅しようとしているのかが問われざるをえない。幸福か不幸か、戦争か平和か。技術を通じてどのような社会的目的を実現しようとするのかを考えずに技術の先進性ばかりを追求するとしたら、それは空疎であるばかりでなく危険ですらある。
(東京大学教授 丸川 知雄)
[日本経済新聞朝刊2017年2月5日付]
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