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「念じて動かす技術」BMI 難病治療の現場に広がる

2017/2/5付 日本経済新聞 朝刊

 頭から出る脳波などを読み取って機械などを操作するBMI(ブレーン・マシン・インターフェース)という技術が、医療現場で使われ始めた。体が思うように動かせない難病患者の意思疎通を手助けしたり、脳卒中の後遺症で手足が不自由な患者のリハビリに活用したりする。脳活動の情報を生かした全く新しい医療になると期待される。

 BMIは考えたり体を動かしたりするときに脳細胞から出る脳波を捉え、その信号を手がかりにパソコンや装置を操る技術だ。考えるだけでパソコンなどを操作できる「念じて動かす技術」ともいわれ、2000年ごろから研究が本格化した。以前はロボットの腕などを動かす研究が主力だったが、病院で患者の治療や支援に活用する「BMI医療」も広がってきた。

 大阪大学の平田雅之教授と吉峰俊樹特任教授らは、体が動かせなくなる難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者の生活支援にBMIを使う研究を進める。患者が「手を閉じたり開いたりした」と考えたときに出る脳波をとらえ、そのパターンをパソコンで分析して画面に文字で示す。実際には手は動かないが、考えるだけで意思が伝えられる。

 ALS患者の多くは、わずかに動くまぶたや唇などの動きで意思を伝えている。ただ、そのための機器の操作は容易でなく、病気が進行すると全身が動かなくなることもある。

 開発したシステムは脳の表面に直接電極を取り付け、その信号をケーブルでパソコンなどに送る。実際に患者の男性に3週間使ってもらい、意思が伝えられることを確認した。

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 信号を電極で捉え、無線で送る数センチ角のチップも開発した。脳に埋め込めば外からは見えない。パソコンから離れたところでも使え、退院も可能だ。平田教授は「患者や介護者の負担も軽くなる」と話しており、患者に広く利用してもらえるよう、来年度にも臨床研究を始める予定だ。

 脳卒中で手足が思うように動かせなくなった患者のリハビリに活用する取り組みも進んでいる。慶応大学の里宇明元教授はパナソニックと共同で、脳活動と連動してマヒした手の指を機械で動かすシステムを開発した。

 患者が指を伸ばすようイメージすると、その脳波を読み取ってモーターで指を動かす。これを繰り返すと運動をつかさどる脳の領域が活発化。脳卒中で失われた、手を動かす神経回路が回復する。

 約40人の患者に1日約40分間、10日間続けてもらったところ、6~7割でマヒが改善した。装置をさらに小型化し、近く医師主導で治験を始める計画だ。里宇教授は将来は足のマヒにも応用する考えで、「脳卒中患者のリハビリに広く活用していきたい」と語る。

 脳の活動とかかわりが深い精神疾患の治療でも利用が始まった。国際電気通信基礎技術研究所(ATR、京都府精華町)の川人光男フェローらは、強迫性障害やうつといった精神疾患の診断や治療にBMIを生かす研究を進める。

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 強迫性障害はわかっていながら確認をやめられない病気で、手洗いや鍵の確認を繰り返す。やめようとすると不安や恐怖などに襲われ、症状が進むと社会生活が難しくなる。薬で改善する患者もいるが、治療が順調に進まない例もある。

 研究では、まず脳の活動を測定できる機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)で、病気の症状に特有な脳活動のパターンを割り出す。

 次に患者にfMRIの装置に入ってもらい、手洗いをやめられない人なら汚れた部屋の写真を見せ、そのときの脳活動のパターンが正常かどうかを伝える。この作業を1時間ほど繰り返すと、無意識のうちに脳が正常なパターンを学習する。感情などをコントロールしやすくなり、症状が出にくくなるという。脳波は使わないが、脳の情報を治療に生かすという点では同じBMI医療だ。

 ATRは昨年2月、所内に精神疾患を治療するクリニックを開設した。患者に治療に参加してもらって、効果を確認している。

 川人フェローは「精神疾患に対する全く新しいアプローチになる」と期待をかける。精神疾患の診断や治療は医師との問診が中心だったが、脳内の情報を手がかりに、客観的に進めることができる。心的外傷後ストレス障害やうつ、自閉症などの診断や治療にも応用を見込む。

 BMIの医療応用はまだ始まったばかりで、効果がはっきりするまでには時間がかかる。ただ脳活動と関連が深い病気は少なくなく、投薬や手術とは違う新しいアプローチになる可能性を秘めている。

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■急発展の脳科学、AI活用も

 BMIの医療応用が進む背景には、脳科学研究の急速な進展がある。脳は人体で最後に残ったフロンティアと位置づけられており、1990年代から日米欧で大型の研究プロジェクトが加速した。これまで知られていなかった脳の働きが続々と明らかになり、脳活動を詳しく調べる医療機器の開発も進んだ。

 特に米国が2013年に始めた研究プロジェクト「ブレーン・イニシアチブ」が注目されている。機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)などを使って脳細胞同士のつながりを探り、得られた大量の情報をビッグデータとして人工知能(AI)の技術で解析。1千億個を超える脳細胞がどのようにネットワークを組むのかを表した「脳マップ」を作製する。予算規模の大きい挑戦的なプロジェクトで、「脳のアポロ計画」とも呼ばれる。

 脳の働き方には個人差がある。これまでの研究から、脳活動のパターンによって記憶力の変化や病気の危険性などが分かるようになってきた。脳マップによって個人の性格や体質などを見極め、副作用が少なく効果が高い脳の「個の医療」が実現する可能性もある。そのための倫理的な検討も必要になりそうだ。

(竹下敦宣)

[日本経済新聞朝刊2017年2月5日付]

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