飛騨の新油揚げ「味付けあげ」 ふんわり人気アゲアゲ
小京都といわれる高山市や、温泉街の下呂市などがある岐阜県飛騨地域。スーパーの店頭をのぞくと、「あげづけ」や「味付けあげ」などと書かれた三角形をした豆腐のあげの総菜がパック入りで売られている。ある食品会社の商品がヒットしたことを契機に市場が拡大。新しい郷土食として人気を集めている。
高山市を拠点に6店の食品スーパーを展開するファミリーストアさとう。店を訪れると「あげづけ」と書かれたあげの総菜のコーナーが作られ、大量に並んでいた。全店で1日当たり400パック前後を販売する人気商品だ。同店は飛騨のあげ総菜ブームの発信源となっている。
数年前、有名タレントが出演する東京のテレビ番組で数度にわたって店頭の商品が放送された。同店ではあげづけが紹介された。
同社の佐藤祐介社長(51)は「当時我が社はネット販売を始めたばかりでしたが、『あげづけ』が全国向けの特番でゴールデンタイムに取り上げられると、16万件のアクセスがありサーバーがダウンしました」と振り返る。「みたらし団子のような味が消費者にうけている」と話す。
生でも軽く焼いても、おいしく食べられる。今も全国からネット販売で注文が寄せられているといい、特売しなくても売り切れるようになった。
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あげづけを納入するのは高山市中心部で豆腐などを生産する古川屋だ。古川文夫社長(67)は「下呂には味を付けたあげの漬物があると聞き、自分も作ってみようと思った」と30年前を回想する。モデルがあったわけではなく、妻と2人で試行錯誤の末、しょうゆやミリンで味付けして、満足のいくものが誕生した。
新商品を作ろうと思い立ったのは、大手の豆腐メーカーが出荷を増やす中で、中小の豆腐製造業者が次々に廃業に追い込まれる現実があったからだ。
古川社長自身、取引先の地元スーパーが倒産し、売掛金が回収できない危機に見舞われたが、あげづけのヒットに救われた。「豆腐を手で揚げてあげを作り、味を付けていく作業は大手にマネできない」という自負がある。東京の居酒屋店にも定期的に出荷し米国から注文が舞い込む。
あげづけを店で買って、自宅で食べた。軽く焼いてみると、ふわりとした食感で、さっぱりした味わい。生で食べてみると、少しもっちりしていて、しょうゆの味が鮮明だ。特別な郷土料理というより、日々の朝食や夕食の一品にふさわしい印象がする。もちろん酒のアテにもなりそうだ。
古川屋の製品のヒットに触発されたのが、同じ高山市の豆腐店、宮春だ。栄雄一社長(40)は数年前、以前作っていた味付けあげの生産を再開。「あげをしょうゆなどで炊き一個一個手で絞っている」と手間をかけていることを強調する。その後ニンニク味、みそ味を投入した。「同じ味だと飽きられてしまう。増産する方法を考えたい」と意欲をみせる。
高山から少し離れた下呂市。山が囲む集落で食料品店「たつのや食品」を経営する前野辰己さん(52)にも、テレビ番組が引き起こした人気が押し寄せた。それまでは細々と近所の豆腐店で仕入れたあげに、砂糖やしょうゆで味を付けて自分の店で売っていた。
放送後は依頼が増え地元のスーパーや農協など30店に出荷する。前野さんは「あの番組以降、地元の人が味付けあげを積極的に食べるようになった」と語る。あげは大きめで、トウガラシがまぶしてある。
「古川屋さんとこのあげが売れとると聞いたもんで、ウチも後になって始めた」と話すのは高山市の川瀬豆腐店の川瀬あやさん(81)。ここの売り物は出来たての「味あげ」だ。豆腐の味わいが残り、みずみずしさを感じる食感だ。
電話で予約すると、午後なら店頭で揚がったばかりのしょうゆ味の味付けあげが食べられる。できたばかりの味付けあげが食べられるのは珍しい。奥飛騨温泉郷に近く「県外からの旅行客が立ち寄ってくれる」という。
飛騨地域の外にある郡上市。ここの母袋工房も味付けあげを生産する。三角でなく長方形で、岐阜県全体の郷土食に育ちつつある。
味付けあげの発祥の地といわれる下呂市で食料品店を経営する前野辰己さんは「子どもの頃から、当たり前の存在として味付けあげはあった」と振り返る。地域の豆腐店が売れ残ったあげをしょうゆなどの入った容器に入れ、木でできた蓋を重しにして味を付けていたという。祭りなど特別な料理というより、作ったものをムダにしないようにしていたもののようだ。ファミリーストアさとうの佐藤祐介社長も「冬の気候が厳しい飛騨の風土で、共助の精神が独特の食文化を生んだのではないか」と話す。
(岐阜支局長 小山隆司)
[日本経済新聞夕刊2017年1月31日付]
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