パブリック・スクール 新井潤美著
重要な英国文化から見る世界
この本を手にしたひとたちには、「はじめに」の章からではなく、「おわりに」の章から読み始めるように勧めたいと思う。そこには、「イギリスの子供が必ず接すると言ってよい『古典』には、寄宿学校への言及が多い」と書かれている。著者は勿論(もちろん)日本人であるが、「子供の頃に通っていた香港のイギリス人学校の図書室」で、そのことを知ったという。そして、いつの日にか、「イギリスの寄宿学校」に行きたいという思いを抱いたというのである――。この本は、或(あ)る意味では、彼女の自伝でもあるのだ。
父親の仕事のこともあって、彼女はオランダのアムステルダムの学校に移ったあと、一四歳くらいのときに、英国のチェルテナム・レイディーズ・コレッジという「女子パブリック・スクール」に移る。その次には、ロンドンで学校生活を送ることになる。そして今は東京の大学で、英文学を教えているのである。『パブリック・スクール イギリス的紳士・淑女のつくられかた』は、そのような経歴をもつ研究者の手になる本なのだ。
著者の狙いは明確である。「本書では、パブリック・スクールのイメージが、イギリス文化においていかに大きな位置を占めているかを、小説、演劇、映画などを通してみるとともに、その実態と歴史的背景をも併せて紹介していきたい」。この狙いは十分に実現されていると言っていいだろう。
有名な『トム・ブラウンの学校生活』は勿論のこと、他のさまざまの作家の手になる実にさまざまな作品が取りあげられ、それらと関係する政治改革や教育現場での問題や改革も紹介されている。そう、パブリック・スクールと階級問題にも、女子教育のあり方の問題にも、植民地問題のあり方の問題にも、眼(め)が向けられている。そこには、次なる研究を誘発するようなアイディアがあふれかえっていると言うしかないかもしれないのだ。そんな魅力的な誘発力をもつ一節を引用してみよう。
「第一次世界大戦で、パブリック・スクール出身の士官の勇敢な行動や、優れた指導力、英雄的な行動が報道されると、パブリック・スクールはいよいよ『真の紳士の形成場所』として理想化され、憧れの対象となっていく。ほんの一握りのアッパー・クラスおよびアッパー・ミドル・クラスの子弟が行くパブリック・スクールのイメージは、こうしてイギリス全体に大きな影響を与え、イギリス文化の重要な部分になるのである」。うーんと唸(うな)るしかない。
(立正大学教授 富山 太佳夫)
[日本経済新聞朝刊2017年1月29日付]
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