21世紀のイスラム過激派 ジェイソン・バーク著
歴史や潮流を包括的に論じる
過激派組織「イスラム国(IS)」がイラク・シリアの一部を支配する「カリフ国家」の建国を宣言したのが2014年。遠く離れた場所で活動するテロ組織のはずが、日本人拉致・殺害事件を起こすなど、日本も否応(いやおう)なしにこの組織に関わらざるをえなくなった。実際、多くの自称他称「専門家」がISについて発言を行っており、日本語で刊行された関連著作も少なくない。
本書の著者は英国のジャーナリストで、彼は9.11事件後に『アルカイダ』という著作を出版しており(邦訳あり)、イスラム過激派を主対象とするジャーナリストとしては高く評価されている。本書の原著は、15年に出た『イスラムの闘争からの新たな脅威』であるが、邦訳のタイトルは『21世紀のイスラム過激派――アルカイダからイスラム国まで』と少し変えられている。原題にある「闘争」は英語では「ミリタンシー」で、これは適切な日本語がないのでしかたないが、実際には「過激派」のような一定の組織を連想させる語よりも幅広い意味をもっており、そこに本書の特徴がうかがえる。
たしかに本書でもISに多くの紙幅が割かれているが、決してそれだけではない。アルカイダや様々なイスラムを標榜する武装勢力との関係が歴史的・地理的視点から論じられており、過去を振り返り、現在を理解し、未来を予測する縦糸と、中東のみならず、南アジアや欧米などグローバルな広がりをもつ横糸が綻びなく織り込まれており、これ一冊でイスラム過激派の潮流が包括的に理解できるようになっている。とくに後半の3章は、いわゆるホームグロウン(自国育ち)やローンウルフ(一匹狼(おおかみ))型テロの現象を分析しており、最近欧米で頻発するテロを予言するようで、「新たな脅威」がまさに現実のものであることを感じさせる。記述は、ジャーナリストらしく最前線での取材や当事者とのインタビューを交え、一貫して具体的である。
ただし、著者はイスラムや中東の専門家ではないので、誤解や間違いが散見される。一方、邦訳は、アラビア語やイスラムの用語の転写・翻訳がしばしば恣意的で、原語の発音や定訳から乖離(かいり)しており、そのため、研究者や専門家が本書を使用しづらくなってしまったのは残念だ。とはいえ、現在、イラクやシリアでIS駆逐のための軍事作戦が進んでおり、IS崩壊も近いとの観測もある。中東や欧米のテロに関心ある読者が改めてIS現象を復習するには格好の書といえるだろう。
(日本エネルギー経済研究所研究理事 保坂 修司)
[日本経済新聞朝刊2017年1月29日付]
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