鳥取、知られざる和牛聖地 とろり!元祖しゃぶしゃぶ
「和牛の聖地を一つ上げよ」と問われ即座に「鳥取」と返せる人は、かなりの牛肉通だろう。鳥取は実は和牛の代表的料理「しゃぶしゃぶ」の元祖の一つがあり、牛にまつわる古い歴史から優秀な種雄牛まで、和牛を語る上では欠かせない土地。鳥取和牛は流通量が少ないこともあり知名度は他産地に譲るが、知る人ぞ知る隠れた逸品だ。
箸で持ち上げた薄切り牛肉は、豊かな霜降りと肉の柔らかさから、鍋に入れる前にちぎれそうになった――。鳥取駅から歩いて5分ほど。商店街の一角にある「たくみ割烹(かっぽう)店」(鳥取市)で「鳥取和牛のすすぎ鍋」を食した。熱いスープに肉をくぐらせ口に運ぶと、とろけそうな食感とともに、牛肉特有の甘い香りが鼻に抜けた。
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すすぎ鍋は、中心に煙突のついた中国由来の鍋「火鍋子(ホウコウズ)」を使い、食べる要領はまさに「しゃぶしゃぶ」。1962年に同店のメニューに登場した。「しゃぶしゃぶ」の名称を考案し、独自のつけだれで人気となったスエヒロ本店(大阪市)で供され始めてから10年余り遅れるが、元祖の一つと呼べる確かな来歴を持っている。
カギは中国北西部の料理「ショワヤンロウ」と火鍋子だ。ショワヤンロウは火鍋子で煮たスープに羊肉を浸して食べる料理。「ショワはすすぐという意味で、鍋の名前の由来です」と店主の阿部一郎さん(60)は話す。この料理を日本に伝えたのが同店の創業者で、民芸運動の指導者の一人として活躍した吉田璋也(しょうや)だった。
阿部さんによると、本業が医者の吉田は第2次大戦中、軍医として中国大陸に赴き、火鍋子とそれを使う料理を知った。戦後まもなく、京都の料理屋「十二段家」で火鍋子を見かけ「この鍋で作れるいい料理があるよ」とメニュー作りの話が始まったそうだ。入手困難な羊肉を牛肉に替え、「牛肉の水炊き」として完成させたという。
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鳥取は和牛という種の確立にも貢献している。和牛は明治期、早く大きく育てるため、農耕・使役用だった日本在来種に外国種を交配して誕生した。以降、肉用牛は増えたが、交配による肉質低下もあり、味の良い種を確立する必要性も高まっていった。県は1920年、全国で初めて和牛の戸籍を整備、血統に基づいた交配の礎を築いた。
傑出した種雄牛も輩出している。66年、和牛の日本一を競う全国和牛能力共進会第1回大会で1等賞に選ばれた「気高号」だ。9千頭以上の子孫を残し「各地の有名ブランド牛の始祖になった」(県畜産課)。例えば子牛登録数が30万頭超と日本最多の種雄牛、鹿児島の平茂勝号は孫だ。
気高号の名は今も鳥取和牛の味の決め手となっている。県などが普及を進める最上級ブランド「鳥取和牛オレイン55」の認定には「気高号との血縁」が必要なためだ。ちなみに55が示すのは脂肪にオレイン酸が55%以上含まれること。この酸が多いほど、肉の口溶けは良くなるとされる。
地元では、この特長を生かす商品開発が進んでいる。あかまる牛肉店(同県倉吉市)は、和牛ベーコンや和牛ジャーキーが目玉商品だ。調理法を工夫し、霜降りを多く残したまま仕上げられた肉は、かむほどに肉汁があふれる。東京の三つ星レストラン「ジョエル・ロブション」も取り扱うほど評判の味は、店内で注文調理してもらえる。
鳥取には「牛馬守護の仏」もある。大山寺(同県大山町)の地蔵菩薩だ。江戸から大正にかけて国内最大級の牛馬市でにぎわった「大山博労座」も寺の近くで、一連の文化資産は昨年、「地蔵信仰が育んだ日本最大の大山牛馬市」として日本遺産に認定された。この大山の麓では地域ブランド「大山黒牛」が育てられ、強小亭(同県米子市)で実際に味わえる。
ブランド面などから鳥取和牛が実力を発揮する素地は整いつつある。ただ、加速する人口減少や後継者不足などは待ったなしだ。あかまる牛肉店の鳥飼賢吾社長(35)は、実家が県内最大の畜産農家でもあり「歴史を踏まえて知名度を高め、畜産業を変えていく動きを鳥取から作っていきたい」と話している。
オレイン酸は、動物性脂質や植物油に多く含まれている不飽和脂肪酸の1種で、オリーブオイルの主成分だ。
牛肉の場合、豊富に含まれるほど、口溶けや風味が良くなるとされる。油の溶ける温度が13~16度程度と低いことが最大の要因。また加熱時に出てくる肉の香りも強くなるとの研究が、海外で報告されている。
健康面ではLDLコレステロールの上昇を抑える効果が確認されている。また必須脂肪酸のリノール酸と併せて取ると効果が高まるという説が有力になっている。
(鳥取支局長 船越純一)
[日本経済新聞夕刊2017年1月24日付]
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