アート&レビュー

クローズアップ

美術家・清川あさみさん 奥底のリアル、紡ぎ出す 詩的なぬくもり 刺繍アートの裏側

2017/1/18付 日本経済新聞 夕刊

きよかわ・あさみ 1979年生まれ。文化服装学院卒。糸や布を使うアートや衣装、空間作品などを発表。著書に「美女採集」など多数。

 糸と針を武器に様々なビジュアルイメージを作り出す。布ばかりでなく、写真や絵画、本の上にまで刺繍(ししゅう)を施す作品群は、きらめくような華やぎと糸や布のぬくもりとがあいまって不思議な世界を創り出す。

 21日から始まる個展(JR京都・美術館「えき」KYOTOで2月14日まで)を前に、本人に制作の裏側を聞いた。

 文化服装学院の出身。在学中にスカウトされてモデルの仕事を始めたが、「もともと一人の世界に閉じこもるのが好きな性格で、表に出る仕事がしたかったわけではなかった」。モデル業で多忙な日々を過ごす中、卒業制作で服に絵を描いた作品が注目され、個展を開くことに。「3カ月間閉じこもり、とりつかれたように作品を作り続けた。だれかに求められるのがありがたかった」と振り返る。

 転機となったのは3年目の2003年。作品作りに行き詰まり、近くにあった紙焼きの写真に思わず刺繍をした。「作品になるなんて思わなかった。でもできあがったものを見たら、とても詩的でぬくもりを感じた」。これが美術と広告両方の人から注目を集め、「銀河鉄道の夜」などの絵本やCDジャケットなどにつながる。

 人気を決定づけたのは「美女採集」シリーズ。女優などお気に入りの女性を、それに合う動植物をモチーフにビジュアル化した作品だ。たとえばタレントの壇蜜さんなら「塩をかけたら消えてしまいそうな繊細さと、内面の毒から出るねばねばした感じ」から、ナメクジのイメージに。これに合う衣装から撮影ディレクション、アートワークまでをトータルで手掛ける。

 2006年からスタートした同シリーズは10年たつ今も制作が続く。これまで“採集”した美女は200人超を数える。「モデルとなる方とは直前まで会わず、動画や写真だけでイメージをふくらませる。どんなきれいな人の心にも裏側があり、コンプレックスを抱えている。その奥にあるリアルな部分、一瞬現れる個性をとらえたい」

 個展ではこれらの代表作のほか、本の印象的なページに刺繍した「わたしたちのおはなし」、インスタグラム画像をネガポジ反転させ記憶や心理を複層的に表現した「I : I(イチタイイチ)」などの新作が並ぶ。さらに、現在NHKで放映中の朝ドラ「べっぴんさん」のアートワークを担当したことから、オープニング映像に使った作品なども展示する。

 「私自身、ちょうど妊娠がわかったころにこの仕事の話をいただいた。プレッシャーもあったが、(子供服作りにまい進した)ヒロインの人生が自分にも重なり、思い切ってお引き受けした」と振り返る。

 動植物や裁縫道具などの刺繍が幾層にも重なって動き出す豊かなイメージの映像は、Mr.Childrenの主題歌の曲想をヒントにした。「女の子がうちにこもってものづくりするイメージを用意していたが、曲を聴き、一人の人間がその人生を縫い上げる、人生の行進曲のような壮大なテーマに変えた」という。「人生いろいろ苦労もあるけど、最後にはそれが宝箱になる」。そんなメッセージが込められている。

◇     ◇

■社会への違和感 原動力

 見た目の華やかな雰囲気から「あまり苦労してなさそうに見られる」が、実は相当な苦労人かもしれない。少女時代に創作した話を元にした絵本「ココちゃんとダンボールちゃん」を読んでそう感じた。自分と他者とのギャップからくる社会や世界への違和が象徴的に描かれ、彼女の闇が垣間見える。

 幼い頃、生地の淡路島を離れて数カ月入院した経験がある。周囲は見知らぬ大人ばかり。「自分で自分を楽しませるため、お絵描きに目覚めた」。高校生のときには最新のファッションを島のだれよりも貪欲に取り入れ、注目されるように。これらが本人にとって大事なコミュニケーションツールになったようだ。

 昨秋出産を経験し、産みの苦しみは創作のほうがつらいと感じたそうだ。ただ「アイデアが降りてきたら、あとはマラソンランナーのように走るだけ。その作業はとにかく楽しい」とも。思い描いたイメージを世に生み出す喜びが創作の持久力となっている。

(文化部 富田律之)

[日本経済新聞夕刊2017年1月18日付]

アート&レビュー