現地レポート 世界LGBT事情 フレデリック・マルテル著
国際化と地域性の併存を活写
LGBTという言葉が、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーの頭文字をとったものであるということは広く知られるようになった。しかし、この言葉を知っていても、LGBTの人権問題が国際政治課題の一つとなっていることを知らない人は多いだろう。西欧から始まった同性婚を認める動きは北米、中南米へと広がっているが、その一方、アフリカや中東などに同性間の性行為などを厳しく罰する法律が残る国があり、一部ではより厳しくなっている。そして、その大きな違いが国際社会で摩擦となっているのだ。本書は、約8年をかけ50カ国以上を取材してまとめられており、世界各地のLGBTをめぐる社会状況や国際社会でのせめぎ合いが詳述されている。
ウガンダでは、2011年にタブロイド紙により「奴らを吊(つる)せ」という見出しとともに同性愛者と思われる人物の氏名や顔写真、住所が紙面で発表され、その後、同国のゲイの権利活動家だったデヴィッド・ケイトー氏が殺害されるという事件が起こった。アフリカにはLGBTが厳しい状況に置かれている国が多い。しかし一方、南アフリカでは憲法により性的指向による差別を禁じている。中東では、死刑も含め同性愛を理由に処罰される可能性のある国がほとんどであり、イランもその一つだ。しかしテヘランにゲイのナンパ場所があり、個人宅でゲイパーティーが開かれている様子を本書は描き出す。人権が厳しく制限されている中国にもゲイバーはいたるところにあり、北京などの大都市には、週末になると500~700人が集まる大きなゲイディスコがある。
著者は、これらの記述を通じ、どの地域でも複雑な現実がからみあい、グローバル化とローカル性が併存していることを強調する。アフリカの暴力的状況の背景には、植民地時代のイギリスの法律と、近年の米国の右派キリスト教団体による反同性愛活動が影響している。歴史的にも現在の国際政治的にも、各国の内部におさまる問題ではない。11年には国連人権理事会で性的指向や性同一性を理由にした差別や暴力行為を非難する議案が決議された。
本書は、LGBTをめぐる個別の状況とダイナミクスをよくとらえている。ただ、日本の新宿二丁目の記述に明らかな誤りがあるのが残念だ。しかし、それでも、このテーマに関心のある人はもちろん、LGBTを「個人的な問題」と思う人にも是非読んでいただきたい本である。
(文化人類学者 砂川 秀樹)
[日本経済新聞朝刊2017年1月15日付]
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