米中もし戦わば ピーター・ナヴァロ著
中国の脅威 新政権どう見るか
米トランプ政権の発足が間近になっているが、外交方針の全体像はまだ見えてこない。その中で対中政策が強硬化する兆しだけは浮かんできている。第一に蔡英文台湾総統と電話会談を行ったこと。第二に本書の著者、ピーター・ナヴァロ氏を新設の国家通商会議の議長に任命する意向を表明したことである。
ナヴァロ氏はカリフォルニア大アーバイン校のビジネス・スクールで教鞭(きょうべん)をとる経済学者だが、10年ほど前から対中強硬派として積極的にメディアに発信するようになった。本書はその最新版であり、原著のタイトル「臥(ふ)した虎――中国の軍国主義が世界にもつ意味」が示すように、中国の軍事的脅威について広く訴えることを意図した啓蒙書である。
全体は、冒頭に選択肢付きで問題が示される45章(例えば第1章は「米中戦争の可能性が(1)非常に高い、(2)ほとんどない」という問いから始まる)からなる。著者自身は国際関係や軍事問題の専門家でないため、本書も多くの学者やアナリストの分析を引用する形で成り立っている。
言うまでもなく中国の軍事力については不明部分が多く分析に幅がある。その幅の中で本書は脅威を最大限に見積もる立場に立つ。たとえば中国の核弾頭数について数百発とする米政府の見解を紹介しつつ、3000発を地下に貯蔵しているという説を大きく採り上げているが、この説は大半のアナリストに否定されている。あるいは第5世代戦闘機のJ-31型機を空母艦載機と推測しているが、性能が悪い輸出用とする見解も強い。
もちろん主流派の分析は、従来のインテリジェンスに信頼性があるという前提に立っており、それを否定すれば話は変わる。現にトランプ氏はロシアの米大統領選介入に関する情報機関の分析は信頼できないとツイッターで批判した(後の記者会見ではロシアのサイバー攻撃は認めた)。本書の分析からはトランプ政権が情報機関の大幅な変革に乗り出す可能性すら窺(うかが)わせる。新政権が既存のインテリジェンス組織を無視する可能性もあり、本書も従来のインテリジェンス体制に批判的な姿勢を示すものとも受けとれる。
要するに本書は中国の軍事力や戦略に関するバランスのとれた分析ではないが、トランプ政権の中国観を知る手がかりとして貴重である。ただしナヴァロ氏が担当するであろう中国との通商関係に関しては本書ではほとんど触れられていない。米中関係の不確実性は国際政治の関心事項であり続けるだろう。
(京都大学教授 中西 寛)
[日本経済新聞朝刊2017年1月15日付]
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