人工知能が変える仕事の未来 野村直之著
研究の最前線から現状を解説
「アルファ碁がプロ棋士に勝利」「人工知能(AI)が文学賞で1次選考通過」など、毎日のように話題になるAI。「今ある仕事の半分はAIに奪われる」など脅威論をあおる言説も目立つ。過剰な期待感と脅威論が入り交じる今回の第3次AIブームに対し、AI応用開発の最前線に立ち、幅広いビジネスの現場にも詳しい著者が、AIの現状を限りなく正確に伝えようとしている。
本書はまずAIの定義について丁寧に解説する。「何ができるか」という観点から「強いAI」と「弱いAI」という分類軸を登場させる。強いAIは人間の脳と同じふるまい、原理の知能を作ることを目指す研究であり、弱いAIは人間の能力を補佐・拡大する仕組みを作るという実用志向を目指す。これに「専用AI・汎用AI」「知識・データの量」の2軸を加えてAIを再定義する。「強いAI」「汎用AI」「大規模知識・データ」を備えるAIは、人間の知能を超えるシンギュラリティに相当するなど、3分類軸に沿って様々な事例を紹介する。
著者はディープラーニングの登場によって「視(み)て理解する」「聴いて理解する」など、人間が担ってきた業務を「弱いAI」で補完できるようになってきたと捉える。著者が経営する会社が実施した猫の種別を言い当てる画像認識の例など、AIによる認識・認知能力の飛躍的な高まりを実感できる。
一方、著者は限りなく人間にそっくりな自意識を持つ「強いAI」の実現にはやや懐疑的だ。強いAIは、ディープラーニングに代表される認識・分類系のAIだけでは実現できるめどは立たず、今世紀中にシンギュラリティは到来しないとみる。広告マーケティングでも、五感を備え、人間と同じ責任感や価値観で感情が自然と湧いてくる仕組みは解明できておらず、AIが自ら意思を持ってソーシャルメディアに投稿するような見込みはまだないとする。
日本の産業の未来についても多くの示唆が得られる。ディープラーニングで日本の製造業の宝である「匠(たくみ)の技」を丸ごと学習させ、技能伝承の危機と人手不足を一石二鳥で解決するというシナリオは説得力がある。
ブームには常にバブルというリスクがつきまとう。とかく日本のビジネス現場ではツールを導入するところで満足してしまいがちだ。しかしバブルは正しい理解によって防ぐことができる。前回の第2次AIブームのいきさつを知る著者ゆえの危機感が大著を生み出した。
(日本リサーチ総合研究所主任研究員 藤原 裕之)
[日本経済新聞朝刊2017年1月15日付]
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