叫ぶコスモポリタン アート・リンゼイ、実験精神再び
13年ぶりのオリジナルアルバム
ニューヨークで結成したパンクバンドDNAでデビューしたのが1978年。調律の狂ったギターをかきむしり、叫ぶ姿で世界に衝撃を与えた。
当時は産業化したニューウエーブに対抗し、現代アートなどと共鳴する「ノーウエーブ」と呼ばれた前衛的な音楽シーンの代表的な存在。それから40年。2017年1月に13年ぶりのオリジナルアルバムを発表し、研ぎ澄まされた実験精神を再びあらわにする。
コンピューターが刻む無機質なビートと土着的な太鼓。対照的なリズムが溶け合う中、アート・リンゼイの無邪気な歌声が響く。サウダージと呼ばれるブラジル独特の郷愁を感じさせるポップスだ。突然、その和やかさを突き破る金属的なノイズを発してギターがさく裂する。
1月6日に出るアルバム「ケアフル・マダム」は全12曲。色彩感豊かなポップスと持ち前の前衛的な感性が同居する。「ポップでストレートなものと、実験的なもの。それらを対比させつつ違和感なく共存させる。僕が一貫してやってきたことだね」
米国生まれ、3歳で家族とブラジルに移り住み、17歳まで過ごした。国籍にこだわらず、世界中を自国とみなすコスモポリタンとしての肌感覚が創作の源泉にある。今作はアフリカから伝わったブラジルの民間信仰「カンドンブレ」と、米国の宗教音楽ゴスペルの融合に取り組んだ。
「カンドンブレは教会だけじゃなく、路上でも儀式を行う。儀式では3人の打楽器奏者がいて、2人が1つのセクションを担う。そしてもう1人は2人に対抗するリズムをたたき出す。コール&レスポンスを重ねてトランス(恍惚(こうこつ))状態に達していく様子がゴスペルに似ていると思った」
ブラジルで録音したカンドンブレの打楽器奏者の音源をニューヨークのスタジオに持ち込み、オルガンやギターなどを加えていった。録音に参加した米国人ミュージシャンもジャズとヒップホップ、リズム&ブルース、クラブミュージックなど多彩な音楽的ルーツを持っている。
「ノーウエーブ」の時代とは音楽シーンも様変わりした。「70~80年代は文化や社会に様々なボーダー(境界)があった。だから僕らは乗り越えようとしてすごいエネルギーが生まれた。でも今は最初からボーダーがないからね。個人的な見解だけど、エネルギーは薄れてしまった」
それでも異なる風土を音楽で結ぼうとする意欲はなお旺盛だ。今年8月、五輪が開かれたリオデジャネイロで劇作家の野田秀樹がプロデュースした文化プログラム「東京キャラバン」に参加した。2020年の東京五輪に向け、様々なジャンルの日本人アーティストが現地のアーティストと交流するワークショップが開かれた。
「僕は今リオに住んでいて、日本をよく知っている。だからか、ブラジル人アーティストを選ぶキュレーターのような仕事をさせてもらった。特に津村禮次郎さんの能楽にとても感銘を受けた」と振り返る。「今はカンドンブレのパーカッションと(能楽で使う管楽器の)笙(しょう)の共演を考えている。東京で実現できたらいいね」とほほ笑む。
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予定調和を崩す緊張感
12弦ギターに弦を11本しか張らないで弾くといった無手勝流の奏法を貫く。弦をたたいたり、こすったりして衝撃音や擦過音を生みだし、演奏に緊張と偶発性をもたらす。音楽の定型や予定調和を崩す役割を果たしているのだ。
大学時代は詩を学んだ。新作アルバムでも19世紀の米国の詩人エミリー・ディキンソンの作品から引用したくだりがある。「リズムに乗せて歌うという行為はもともとロマンチックで詩的なもの。いいポップスは多義性を持っている」と話す。
宗教や民族間の対立が深まる中で、音楽は反目しあう人々を融和できるだろうか。そう水を向けると「いろんな種類の音楽が世界にはあり、いろんな人たちが音楽を作っている。音楽を聴けば多様な人たちがいると理解できるはず」と返ってきた。一方で「音楽が政治的な役割を果たせるのだとすれば、歌詞の直接的なメッセージよりも音楽家同士のつながり、人間関係の方が重要だろう」と指摘する。
(大阪・文化担当 多田明)
[日本経済新聞夕刊2016年12月21日付]
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