スタンフォードの心理学講義 人生がうまくいくシンプルなルール ケリー・マクゴニガル著
健康心理学でゆとりもたらす
心理学に健康心理学という分野がある。健康の増進と維持、疾病の予防と治療などを目的とし、人の心身両面における健康の実現を目指す学問だ。本書の著者は健康心理学者の一人で、ストレスとの上手な付き合い方を専門に研究する。TEDトークでのプレゼンテーションが世界的に注目を集めたため、名前を知っているという人も多いのではないだろうか。
そもそも健康心理学は右に記したように、人々の健康の増進を積極的に支援する。そのため、象牙の塔にこもった研究のための研究よりも、実際面での応用が大切になる。つまり、研究成果を広く世間に公表し、疾病に悩んでいる人はもちろんのこと、心身ともに健康な人がさらに豊かな生活を営めるよう、率先して関与することが欠かせない。
そのため同様の路線を目指す心理学では、大衆を強く意識したアプローチをとらざるをえなくなり、それが極端な形になると「著名大学」の「心理学教授」が書いた、幸せや成功をつかむための「法則」や「ルール」のようなタイトルの本となって世に出回る。過去にも同様の本が書店に並んだが、ハーバード大学やスタンフォード大学の名を冠するものが多いのは、エセ心理学本との差別化を明瞭にするためだろう。まさに本書も以上の流れに沿う一冊だと言える。
先頃(ごろ)、大手広告会社で悲劇的な自殺事件があった。過労死が他人事でないと感じる人や家族は多いと思う。本書はそのような、仕事や人間関係で心にゆとりがなくなりそうな人に読んでもらいたい本だ。誇張したタイトルや、帯にある親近感あふれ過ぎの人物写真を敬遠する愛書家も多いかもしれない。しかし、憔悴(しょうすい)気味の人でもふと手に取りたくなる作りを考えると、こうした表現が好まれることになるのだろう。
ページをめくると、「『悪循環』を断つ」「『不安』を逆手に取る」「ストレスを武器に変え、成長する方法」などの心地よい言葉が並ぶ。また全25のテーマそれぞれに「ポイント」を箇条書きでまとめる。このポイントがボリューム満点で本文を読まずとも内容を理解できるほどだ。アドバイスも大量かつ具体的だから、何か心に響くものがあると思う。これで読者が少しでも自分の心をリフレッシュできたならば、それは必ずや著者の意図するところに違いない。
疲れたなぁ、と思ったら「清涼剤」のつもりで読むのはどうか。スッキリすれば、年末を乗り切る意欲もわくだろう。
(ノンフィクション作家 中野 明)
[日本経済新聞朝刊2016年12月18日付]
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