八名信夫さん 悪役の矜持「媚びずギラギラ生きる」
拳銃で撃たれたり、池に突き落とされたり。銀幕の中で八名信夫さんは絶対に畳の上では死なせてもらえなかった。無残に殺され続けた俳優人生は、華やかにスポットを浴びる主役と対照的。だが「監督にも主役にも媚(こ)びず、ギラギラして生きていく」。とかく長いものに巻かれることの多い現代社会のなかで、悪役の矜持(きょうじ)はキラリと光る。
「あれが人生の分かれ道になりましたね」。元プロ野球・東映フライヤーズ(現・北海道日本ハムファイターズ)の投手だった八名さんがマウンドで腰の骨を折る大けがをしたのは入団3年目のこと。もう投げられない。東映の大川博社長(当時)から、大泉(東映東京撮影所)へ行きなさいと命令された。
「行ったら地獄でした。朝10時から夕方5時ごろまで、とにかく歩けという。通行人のエキストラでした。確か、美空ひばりさんの波止場ものの映画でした。しかし俺は身長が1メートル82センチあるから目立ちすぎる。お前はもっと遠くの堤防を歩けと言われて、顔なんか映りませんよ」
「撮影所では鶴田浩二さんからも『お前は目立つから、近くに来るな』と怒られた。そうやって1日歩いたって弁当代にもならない。野球選手の時に買った英国製のオープンカーを売り、時計を売り、マンションからアパートへ引っ越しました」
「結局どうやって顔を映してもらうかが勝負だと思い、悪役に目をつけたわけです。悪役の先輩を見ていたら、撃たれてバタンと倒れ砂埃(すなぼこり)があがる。この役なら顔が映る。『監督さん、小さいのが倒れるより俺が倒れた方が迫力があるはずですよ』と売り込んだ。で、お前、いっぺん死んでみいとなりました」
「撃たれて死ぬときは倒れる位置が決まっていて、そこに埃が舞うように灰がまいてある。助監督に『多めにまいとけ』と言っておき、服も背広でなく、風がよけいに立つトレンチコートを着て倒れた。すると迫力があって主役も喜びました。彼が格好よく見えますからね」
「それから随分殺されました。『網走番外地』(高倉健主役のシリーズ)で馬から落とされた時は脳振盪(しんとう)を起こした。スタッフが皆急いで走ってきたけど、俺を素通りして馬が大丈夫かを見に行っていた」
往年の主役たちは仕事に強いプロ意識を持っていた。
「『網走番外地』のロケでは高倉健さんのためのテントが張ってあり、その中は暖かい。だけど健さんは『皆が寒い思いをしているのに、俺だけ(火に)当たれるか』と外にいた。もっとも健さんはコートを着て、カイロもある。俺らは囚人で薄っぺらい囚人服にゴムスリッパ1枚。スリッパはカチンコチンに凍っていましたね」
「食えない、つらい、体がもたない。随分、悪役たちは辞めていきました。俺はポスターに名前が出るまで絶対にやってやると、死に物狂いでした」
「健さんには『悪役は悪役らしくギラギラしていろ。いつも腹をすかせていろ』と言われました。それで俺は主役や監督さんに挨拶はしますが、寄りつくことはしませんでした。悪役が媚びたら迫力が出ませんよ」
ギラギラと眼光鋭いゆえの武勇伝は山ほどある。
「上野駅構内で犯人役の俺が逃げるシーンを撮ったことがありました。撮影と知らない修学旅行の生徒たちが悲鳴を上げて大騒ぎになった。出稼ぎの男性たちなどが集まり、ボコボコにされました。高倉健さんからもらったジャンパーが破け、鼻血が止まらなかった」
「悪役は難しいです。主役なら監督や脚本家がどんな役か考えてくれるが、俺たちは自分で考えなくてはいけない。それが面白くもある。よく洋画を見て勉強しましたね。ジャック・パランス(米国の俳優)なんか、タバコをくゆらすだけで悪の雰囲気を漂わせて実に格好いい」
1990年代、八名さんが飲料メーカー、キューサイ(福岡市)の青汁を飲み、「まずい!もう一杯」と言い放つCMが始まり話題になった。媚びない八名さんらしい一言だった。
「初めは別のセリフだった。でも飲んでみたらまずかった。まずいって言ってもいいかと聞いたら、何かフォローする言葉を付けてくださいと言われた。それで『もう一杯』を付けた」
主宰する悪役俳優の集団「悪役商会」では、ボランティア活動に力を入れてきた。
「悪役だけで何か面白いことをやってみたくて悪役商会を結成しました。最初、いかつい悪役ばかり12人で老人ホームに行ったら、お年寄りたちに慣れてもらう必要があるからまず掃除をしてくださいと言われた。一生懸命に掃除したら、お年寄りが窓から見ていて手を振ってくれるようになった。それでやっと中に入れてもらえましたね」
「東日本大震災以降は被災地を慰問してきました。今は映画を作り、全国各地の公民館などで上映会を開いています。古いかもしれないけど、何でも器用にテンポよく進めていく時代に、あえて人間味のある映画を残したかった。59年間、ホントに多くの人にお世話になってきたから恩返しがしたくてね」
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脚本・監督・主演で映画 家族・思いやり、人柄映す
俳優人生を語る八名信夫さんは温かい口調で、情に厚い人柄が伝わってきた。そんな八名さんだからこそ、主役を引き立て、長年にわたって映画を支え続けることができたのだろうと合点がいった。
自ら脚本・監督・主演を務めた映画「おやじの釜(かま)めしと編みかけのセーター」は、富山県の合掌造りの里で釜めし屋を営む元刑事(八名さん)が主人公。行方しれずの孫娘を探し当て、周りの助けを得て絆を取り戻していく。「ふるさと、家族、そして思いやりの心がテーマ」と話す。
悪役として縁の下の苦労を重ね、ボランティア活動で多くの被災者らと会い、励ましてきた八名さんらしい集大成。現在、各地の公民館などに手弁当で出かけて上映会を開催。DVDも利益の見込みにくい税込み2000円で販売を続けている。映画の最後に、八名さんは雪深い戸外で民謡にあわせ美しく舞う。網走番外地とは少しワケが違うが、「寒かったあ」としみじみ語った。
(シニア・エディター 平田浩司)
[日本経済新聞夕刊2016年12月17日付]
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