ひばり・聖子…アイドルは行き詰まった時代に輝く
ブロマイド・浮世絵が原点 人々が夢重ねる
アイドルの系譜をたどると江戸時代の浮世絵に行き着く。人々は役者や歌手に自らの夢と願望を重ねた。スターやアイドルは社会の不幸の総和なのだという。
アイドルの原点を探るべく400年以上続く扇子とうちわの専門店、東京・日本橋の伊場仙を訪ねた。店頭には歌舞伎役者や遊女の浮世絵を描いたうちわがある。14代目の社長、吉田誠男さんは「江戸時代から、いわばブロマイドとしてうちわを販売していた」と言う。「例えば地方から江戸に来た人が現実の生活にはない欠落した欲求を満たすために求めたのでしょう」
驚くのは浮世絵のうちわには、裕福な家の一般女性らも描かれ、商品化していることだ。「今のセレブ女性たちに憧れを抱くのと同じ。夢を追う人間の欲望は変わっていない」と吉田さん。現代のアイドルの応援グッズとしてうちわが定着しているが、その原点は江戸時代にあったのだ。
20世紀、銀幕と呼ばれた映画の時代を迎える。スターやアイドルの姿を眺める媒体は絵から写真に代わり、より身近な存在になる。
ブロマイド第1号 大正10年に登場
外国人観光客でごった返す東京・浅草。映画・芸能の聖地だったこの地に、今も老舗ブロマイド専門店のマルベル堂がある。
店長の武田仁さんによると、ブロマイドの第1号は大正から昭和初期に活躍し、小津安二郎監督の作品にも出演した人気女優、栗島すみ子だ。大正10年に撮影された白黒の写真が今も手に入る。
戦後の復興を後押しするように、映画や歌謡界には人々に夢と希望を与えるスターが続々と生まれた。
美空ひばりが12歳でデビューした時、後に作詞を手掛けるサトウハチローさんは「バケモノのたぐいだ」と新聞に書いた。見る側に不安を抱かせる近寄りがたい魔力があったのだろう。同じようなエピソードに「吉永小百合はトイレに行かない」という一種の都市伝説がある。いずれも「雲の上の存在」として神格化されたスター像といえる。
武田さんは、美空ひばりと石原裕次郎について「2人とも『ひばりちゃん』『裕ちゃん』と今でも親しみを込めて呼ばれているが、その『雲の上感』は一向に衰えない不思議な存在感がある」と話す。2人のカレンダーは今も毎年作られている。
不幸の総和 象徴する存在
経済産業省の境真良さんは著書「アイドル国富論」で「『アイドルの時代』とは戦後経済成熟期と現代、つまり『行き詰まった時代』に重なる傾向がある」と指摘する。70年代からバブル景気に向かう80年代にかけての行き詰まった戦後成熟期に、アイドルは隆盛を極める。
第1次オイルショック時に山口百恵が、第2次オイルショック時には松田聖子がデビューした。2013年のNHKの連続ドラマ「あまちゃん」では、主人公の母親役の小泉今日子が「日本の歌謡界には山口百恵と松田聖子が同時に存在していた時期が半年間だけあるのよ」と、アイドルだった実体験に重ねるように熱く語るシーンがある。そして、バブルの崩壊に合わせるように、アイドルは90年代に入り「冬の時代」を迎える。
芸能人についてのエッセーを多く残した消しゴム版画家のナンシー関さんは、ピークを過ぎた後も松田聖子が根強い人気を保っていることについて、「思いどおりになるかどうかわからない未来への投資より、思い出の反すうは目減りのしにくい娯楽だ」と著書で指摘している。
マルベル堂の現在の売り上げナンバー1は経済成熟期のスター、沢田研二(ジュリー)だ。ブロマイドを買う20代の女性は「時代を超えた突き抜けた魅力がある」という。
1月に亡くなった英国のロック歌手デビッド・ボウイは生前「ステージで殺されたい」と発言していた。音楽評論家の渋谷陽一さんは「スターというのは普通の人の不幸の総和であり、その不幸の象徴がなくなることによって世間の人が幸せになるのであればスターそのものは殺されてしかるべきだという、いかにもデビッド・ボウイらしいメッセージだ」と解説する。
評論家の平岡正明さんは「山口百恵は菩薩(ぼさつ)である」という宗教的偶像になぞらえたアイドル論を書いた。スターやアイドルは本人の資質よりも、その時代の欠落、穴の大きさによって成立する存在なのかもしれない。
「アイドル戦国時代」と呼ばれる現代のアイドルはグループが主流。本人の個性よりも、どう売るかというマーケティング戦略が注目される。それは社会が成熟し、欠落が小さくなったことを意味しているのだろうか。
(アイドルの敬称略)
つらい浪人生活 彩りくれた彼女
あれは浪人中の1982年の初夏だった。漫画誌の表紙の女性に目を奪われた。ほどなく予備校近くの喫茶店で彼女のデビュー曲「スローモーション」を耳にした。ステキな声だった。声の主、中森明菜に夢中になった。
新聞のテレビ欄で中森明菜の名前を探し、一日の予定を立てた。大学に入り恋人ができた。私の心の穴は埋まり、明菜を忘れた。
(大久保潤)
[NIKKEIプラス1 2016年12月17日付]
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