「移動」の未来 エドワード・ヒュームズ著
自動運転技術で変わる社会描く
現代は商品やサービスを効率的かつ安価に提供するという理由で、考えられないほど遠くのものを運ぶ、歴史上類を見ない「効率」の時代である。
本書によると、朝の1杯のコーヒーが手元に届くまでにまず、コーヒー豆が栽培地から港、工場、店へ3万マイル以上の旅をする。コーヒーメーカー、水、電気、燃料の完成までの輸送距離も加えると最低でも合計10万マイル。地球を何週も回って1杯のコーヒーが手元に届く計算だ。
アルミ缶の効率はもっとすごい。アルミ缶は軽量で輸送に適し、再利用しても劣化しない。その結果、ボーキサイトを採掘して精製するより92%もエネルギーを削減できる。1世紀以上にわたる採掘によって約10億トンのアルミが産出された。1880年代以降に掘り出されたアルミ缶の大半が何十回、何百回もリサイクルされ、いまだに使われている。
本書が、手厳しく批判するのは自動車交通のジレンマである。都市の大渋滞は高速道路を新設・拡張してもなくならない。インフラ整備で新しく交通量が生まれて再び道路は容量不足になるからだ。交通量の増加は、汚染物質による健康被害や交通事故死を伴う。自動車の利用者は、これらの社会的負担を負わされずに済ませているという問題もある。
では、未来はどう変わるのか。本書は以下のようなシナリオを描く。完全な自動運転の技術が登場し、安全性が向上する。自動運転車の隊列は、バンパーとバンパーがくっつきそうな車間距離で、車線上をアクロバット飛行のチームのように、高速走行できる。実現するのは2030年から40年の間。大事故が起きがちな人間の運転に比べると、事故が起きない自動運転技術の評価が高まり、汚染源の化石燃料はクリーンな電気に変わる。
電気自動車の利用は、運転距離が一定以下ならライドシェアに肩代わりされ、利用者は駅や停留所で乗り捨てる。車を人々が所有しなくなると都市部の駐車場は少なくなる。地域社会のために利用できる土地が増える。
こうした未来図の実現にとって最大の障害は何だろうか。本書は、大部分の人が現在、機械よりも人間の運転を漠然と信頼していることだと指摘する。それが社会の未来設計への政策決定をちゅうちょさせる。評者は、高齢ドライバーが園児の列などに突っ込む事故を新聞で読む度に、いつか到来する変革の日を願わずにはいられない。
(第一生命経済研究所首席エコノミスト 熊野 英生)
[日本経済新聞朝刊2016年12月11日付]
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