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オヤジ酒場に若者や女性 安くてうまいが底力 バブル崩壊・低成長… 再び「大衆」たくましく

NIKKEIプラス1

2016/12/16 日経プラスワン

PIXTA

 いま、大衆酒場や大衆食堂が人気だ。書店にはガイドブックが並び、店に入ると若い女性の笑い声が響く。「大衆」に込められた意味を調べてみると、時代に翻弄されながらもしぶとく生き残る、たくましい姿が見えてきた。

 「レモンサワーください」。東京・蒲田に昨年11月に開店した「大衆酒場 BEETLE」は連日、満員が続いている。客と店員の距離が近いコの字形カウンターや壁にぶら下がるメニュー札は昔の大衆酒場さながらだが、店内は明るく、客層は30、40代と若い。飲食業界ではやる「ネオ大衆酒場」と呼ばれる業態だ。

■もともと仏教用語 大正末期に変容

 経営するプロダクトオブタイム(東京・品川)の千倫義代表は団塊ジュニア世代。「親の世代に人気の大衆酒場の良さを生かしながら、自分の世代にも受けるよう工夫した」と話す。7日には東京・五反田に新店を出した。

 「大衆」酒場が時代を超え、新世代まで登場した。そもそも大衆って何なのだろう。

 「元は経典にも出てくる仏教用語です」。浄土真宗本願寺派総合研究所の藤丸智雄副所長に聞くと、こんな説明が返ってきた。大衆とは仏教の聖者たちを指し、「だいしゅ」と読む。大には数の多さだけでなく、偉大なという意味があるという。平家物語にも「南都の大衆」という記述が出てくる。

 仏教用語の「大衆」が意味合いを大きく変え、「群衆」と似た意味で使われるようになったのは、大正末期から昭和初めのようだ。関東大震災後、農村から都会へと人の移動が加速。東京市(当時)の人口は、震災前の1920年から30年までの10年間でほぼ1.5倍に膨れた。

 評論家の尾崎秀樹氏は著書「大衆文学」でこう書いている。「震災の翌年には『大衆文芸』の呼称はすでに文壇の一部で使われはじめていた」

 新たな都市生活者を捉える流行語として登場した「大衆」は、飲食の世界に広がる。大衆食堂を研究する遠藤哲夫さんに聞くと「地方出身者の食欲を満たし、安く酔える場所として大衆食堂や酒場が誕生した」。38年には業界をとりまとめる東京府料理飲食業組合に「大衆食堂部」が発足。公的な呼び方として大衆食堂や大衆酒場が定着した。

■高揚の80年代 一時は影潜める

 ところが、時代は戦争に向かって急を告げる。41年、大都市で米穀の配給制と外食券制が始まると大衆食堂部は「外食券食堂部」に改称。統制経済の下で大衆という言葉は一旦、姿を消した。それもつかの間、戦後の経済復興とともに息を吹き返す。

 戦後の大衆はどんなイメージだったのだろう。吉永小百合さんが主演した映画「キューポラのある街」(62年)にこんなシーンがある。主人公ジュンの母親は貧しい一家を支えるため大衆酒場・山一屋で働くようになる。店には安酒をあおり騒ぐ労働者の姿。偶然その光景を目にしたジュンはぼうぜんと涙を流す。

 67年、寺山修司さんは「書を捨てよ、町へ出よう」に次のように書いた。「(ライスカレーとラーメンは)学生やサラリーマンにもっとも身近なものであって、これに餃子(ぎょうざ)を加えると大衆食『三種の神器』になる」

 質より量。安く食欲を満たし、手っ取り早く酔えればいい。大衆という言葉にはわい雑で薄汚れたイメージがつきまとうが、高度経済成長を底辺から支えるエネルギーがあふれていた。

 その大衆が存亡の危機に立たされたのが80年代だ。時代はバブル経済のまっただ中、「『大衆』は一度、葬り去られた」と博報堂新しい大人文化研究所の阪本節郎・統括プロデューサーは指摘する。

 84年に電通の藤岡和賀夫さんが「さよなら、大衆。」を出版。「『大衆』というのは懐かしい呼び名になりつつあります」と突き放した。翌85年には博報堂生活総合研究所が「『分衆』の誕生」を出し、切って捨てた。主役は共通の価値観を持つ大きなマスではなく、それぞれが個性豊かな消費者。大衆酒場はおしゃれなカフェバーに取って代わられ、社会の片隅に追いやられた。

 それでもくたばらないのが大衆のたくましさ。バブル崩壊、リーマン・ショックなどの荒波をくぐり抜け、今また勢いを盛り返したのだ。

 酒場の歴史に詳しい早稲田大学人間科学学術院の橋本健二教授は最近の大衆人気を「格差社会の象徴」と見る。デフレの長期化で貧困化が進み「安く、その割には良質の酒場を求める人が増えた。それが若い層にも広がった」。

 時代にもまれた大衆は新しい世代の支持を受け、したたかに生き続けている。

記者のつぶやき

■大衆のイメージ 世代間ギャップ
 「大衆酒場って安くてうまいし、敷居が低くってみんな親切だから大好きです」。東京の下町の大衆酒場で隣席になった30代女性の言葉に驚いた。「つまみは上品じゃないけど、安く酔えるのがとりえじゃないのか」と思うのはオヤジの発想らしい。世代が違えばイメージも変わる。同床異夢の酔客を包み込んでしまう包容力も大衆酒場の魅力かもしれない。
(田辺省二)

[NIKKEIプラス1 2016年12月10日付]

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