日間賀島のフグ 「名古屋めし」とは別の愛知グルメ
フグといえば一般には山口県の下関などが有名だ。しかし、国内有数の天然トラフグの産地として市場関係者や料理人の間で必ず名前が上がるのは、愛知県の知多半島と渥美半島の中ほどに浮かぶ日間賀島(ひまかじま)だ。漁の解禁直後となる10~11月になると、フグ目当ての観光客が次々と島に集まってくる。
知多半島からの船便の玄関口となっている日間賀島の東港。港を望む民宿「とくがね」の店主、坂口薫史さん(44)が、真剣な表情でトラフグと向き合っていた。フグは卵巣や内臓に毒を持ち、さばく作業には丁寧さと繊細さが求められる。長さや刃の厚みが異なる8本の包丁を使い分け、トゲのついた皮を手早くはぎとっていく。この道20年の匠(たくみ)の技だ。
フグの刺し身「てっさ」は切り身にした状態で数日間寝かせる。熟成によってうまみ成分のイノシン酸やグリシンが増すためだ。「熟成まで平均3~4日だが、フグの大きさや漁の時期によっても変わってくる。見極めが大切」と坂口さん。そう話す間もフグから目を離さない。
皿に美しく盛られたてっさは、はしを入れるのが惜しいほど。刺し身を口に入れると、繊細だが豊かな甘みが広がる。コリコリとした皮と、柔らかな身とで、異なる食感が楽しい。
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日間賀島周辺でトラフグがとれるのは「(島の西側にある)伊勢湾口がフグの産卵場となっているため」(同島観光協会)。海底でふ化した稚魚が伊勢湾内で成長したあと、黒潮にのって外海に出ていく。愛知県南知多町にある片名魚市場によると、同島と隣にある篠島でのフグの年間漁獲量は約20トンになる。
島ではフグ漁が昔から営まれていた。ただ、県内にフグの有力な取引市場がなく、他地域に流れてしまい、日間賀島が注目されることはなかった。
転機は1989年、玄界灘など九州地方を中心にトラフグが不漁となったことだ。原因は潮の流れの変化とされるが、その中で豊漁だったのが遠州灘から熊野灘にかけての日間賀島の漁場だった。島のフグを扱う片名魚市場にはこの年、下関ナンバーのトラックが殺到。フグ産地として日間賀島の名は一躍高まり、地元ではフグ漁師やフグ料理を扱う旅館が増えた。
日間賀島で約40年前からフグ料理を提供するのが「アイランドホテル浦島」だ。自家製のポン酢で食べる刺し身や、白子の石焼きなどが名物だ。料理人の加藤善隆さん(65)は「刺し身の盛りつけや料理方法など、他にはないものを研究している」と話す。
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全国的な知名度はまだ高いとはいえない。そこで日間賀島のフグをさらにPRしようとする取り組みも進んでいる。
日間賀島ふぐ組合が毎年10月に開く「てっさ盛りつけコンテスト」。盛り皿が透き通って見えるほど薄く切ったてっさを一枚一枚、鶴や球体をかたどって盛りつけていく。当日はフグのあらを使った味噌汁が振る舞われ、これらを目当てに県外から島を訪れる観光客も増えてきた。
コンテストが12年前に始まったきっかけは、「島外に行かなくても料理人が競い合えるようにするためだった」と、6代目の日間賀島ふぐ組合長を務める井戸田浩さん(53)。先代の組合長が始めた頃は、丸皿に切り身を円を描くように盛りつける「菊盛り」の出来栄えを競っていたが、今は料理人のアイデアも審査対象になっている。
日間賀島に行くには、名古屋市内からだと陸路と船を乗り継いで優に1時間はかかる。島の海の幸を名古屋市内で楽しめるのが中区にある「晴快荘名古屋本店」だ。島直送のフグ料理は白子やたたきなど多彩で、本店女将の鈴木秀子さん(65)は「旬の時期には余すところなくフグを楽しんでほしい」と話す。
愛知県の食文化といえば八丁味噌のほか、あんかけスパゲティや小倉トーストなど「名古屋めし」が有名だ。都市部から一歩郊外に抜け出すと豊かな自然が広がり、多様な食材が出迎えてくれる。いちど訪れてみれば、フグのように歯応えのある新たな発見が見つかるかもしれない。
フグ食の歴史は古く、縄文時代の貝塚から骨が発見されたという記録もある。毒をも恐れず口にする人は多かったようだ。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際には、下関に集まった武士がフグを食べて中毒になり、秀吉が禁止令を出したと伝わる。
近年はフグ毒「テトロドトキシン」に関する研究が進んでいる。海中に存在するある細菌を食物連鎖でフグが取り込み、毒を持つようになるとの説が有力になっている。このため、人工ふ化の稚魚を用いた養殖トラフグは無毒の個体が多いとされる。
(名古屋支社 近藤奈穂)
[日本経済新聞夕刊2016年12月6日付]
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