欧州複合危機 遠藤乾著
歴史振り返り望ましい未来考察
欧州は連続する危機のさなかにある。取り巻く国際環境は厳しさを増し、欧州連合(EU)の存在そのものが危ういと見るものも多い。本書は英国がEU離脱を国民投票で決定し、戦後国際秩序を支えてきた米国でもナショナルで内向きな大統領が誕生する絶妙なタイミングで刊行された。こう表現すると時事解説本なのかと思われるが、そうではなく新書の体裁をとりながら平易な記述で、世界の構造変容の行方を問う非常に深い奥行きを持つ。
本書の前半を読むと、欧州で何が起きていて、EUは連続する危機とどう向き合ってきたか、「ユーロ」「難民」「安全保障」「英国離脱」という複数の危機が、EU、その構成国、地域主義などと多層的に連動している複合危機であることが手に取るようにわかる。後半ではEUの歴史と政治・政策を扱い、最先端の政治学と欧州統合史研究の成果が巧みにちりばめられて骨太の議論がなされている。EUは国家の持つ主権を共有したり委譲したりする前例のない特殊な組織であるが故に、複雑で理解しにくく、わかりやすく説明するためにデフォルメされやすい。著者はずっと以前からEUの神話化に警鐘を鳴らし、冷徹に分析してきたが、本書でもその歴史を丹念に振り返り、欧州統合史の中に複合展開する危機を位置づけてバランス良く評価している。
EUは市場統合から市民生活を広く巻き込む通貨統合のような他分野に発展すると批判の対象になった。欧州の安全保障、グローバル競争への対応という問題解決策のはずだったEUが、域内国境を開放し共通政策を導入したが故に、テロリストの容易な越境も可能にしてしまったように、その存在自体が問題を生じさせ市民に嫌われている。それにもかかわらず平和と繁栄を維持し欧州諸国が団結して大きな力を発揮するにはEU以外の解がない。
ではどうしたらよいか。著者はグローバル化と国家主権と民主主義のバランスをとりながら没落する中間層への対応がとれるか否かで欧州の行く末が決まるとし、平和と繁栄のために構築されてきたEUの行方と、望ましい方向に社会は構築可能というリベラリズムの行方を重ね合わせている。
来年は独仏でEUの将来をも決め得る選挙の年となる。中間層を納得させながら国際環境の変化に対応する政策を展開する時間は独仏やEUに残されているのか。本書は欧州とリベラルデモクラシーの将来を考えるために、射程の長い多角的視点を提供してくれる。
(東京大学教授 森井 裕一)
[日本経済新聞朝刊2016年12月4日付]
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