秩父しゃくし菜 全国区「3大漬け菜」に続け
程よい酸味の実力派
埼玉県秩父地方の伝統的な漬物、しゃくし菜漬けは地元の食卓に欠かせない食材だ。「名物にうまい物なし」との言葉があるが、これは珍味の類いではない。程よい酸味と控えめな塩気は現代的な好みに合い、定番の味わいだ。全国での知名度はまだまだだが、郷土の味の枠を超え、じわり人気が上昇している。
「3大漬け菜である野沢菜、高菜、広島菜漬けに劣らない魅力があります」。全国の漬物に詳しい東海漬物の研究員、森下美香さん(33)はしゃくし菜漬けを「隠れた実力派」と評価する。見た目は野沢菜漬けに似ているが繊維質が少なく塩辛くもない。「シャキシャキとした食感とあめ色のつや。食欲をそそります」
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材料のしゃくし菜の正式名称は雪白体菜(せっぱくたいさい)。葉の形がしゃもじ(「めしじゃくし」)に似ていることから、秩父地域(秩父市、横瀬町、皆野町、長瀞町、小鹿野町)では、そう呼ばれてきた。各地で栽培されていたが白菜の普及で姿を消したとされ、秩父など一部地域が産地として残った。
「冬に備えた保存食として昔は家庭で漬けたものです」。小鹿野町で加工会社を営む石川漬物会長の石川幸次さん(76)は、1960年代半ばに商品として地元で売り出した。自家製が当たり前だった時代、売れ残ってトラック数台分を捨てた苦い経験も。活路が開けたのは70年代。西武線の秩父延伸効果で観光客が増えたおかげで土産物で売れ出し、徐々に地元の食卓にも浸透していった。
11月に入り、しゃくし菜が収穫期を迎えると漬物工場は活気を帯びる。石川漬物では数トン単位のしゃくし菜がトラックで運びこまれ、大型タンクに下漬けされる。次は乳酸発酵を促す本漬け。出荷まで1カ月ほどかかる。長く冷蔵保存ができるため、通年出荷が可能だ。乳酸発酵が進んで酸っぱくなり過ぎないことが肝心だという。昔の自家製は塩辛かったが、今の市販品は低塩になっている。
秩父ではJAちちぶ(ちちぶ農業協同組合)も大手加工事業者の一つ。皆野町で生産し「ちちぶ菜漬」の名で販売している。地域外だが、漬物加工が盛んな埼玉県深谷市の高田食品も生産している。小規模事業者を含めた生産量は年間500トン程度と推計され、5万トン規模とされる野沢菜漬けの100分の1程度だ。
料理の素材としての魅力も。埼玉県秩父農林振興センターなどが2009年開催した、しゃくし菜漬け料理コンテストにはピザやギョーザ、ピロシキなどレシピが多数集まった。最高賞は小鹿野町に住む黒沢政子さん(62)が考案した油揚げの包み焼き。しゃくし菜漬けを細かく刻み、鶏ひき肉、みじん切りしたショウガ、長ネギと混ぜて油揚げに詰めて焼く。「淡泊な鶏肉と相性がいい」
黒沢さんはしゃくし菜漬け歴30年。「私の世代でも漬ける人は減りました」。自家製は1月を過ぎると古漬けとなり酸味がきつくなるため、料理の食材に利用する。伝統的なのが油いため。水洗いで塩抜きししょうゆ、砂糖で味付けしタカノツメを加えていためる。
筆者も市販品を使い、チャーハンの具材にしてみた。ベーコン味とマッチし満足の出来だった。納豆に混ぜても風味がましてなかなかだ。控えめな酸味と塩気が調味料代わりになる。
漬物は食生活の変化を背景に逆風が吹くが、しゃくし菜漬けは着実に知名度を上げている。今秋、全日本空輸の国際線機内食にしゃくし菜漬けが登場した。埼玉産の食や観光を紹介するキャンペーンの一環。埼玉県物産観光協会会長の松本邦義さん(51)は「やみつきになるような味わい。全国区を目指せる」と話す。
同協会が運営する特産品店舗そぴあ(さいたま市)では、売り上げ上位5に入る。東京都内のコンビニ2店に設けた県産コーナーでも好評で、県外のファンが増えている手応えがある。
秩父の師走の名物が秩父神社の例大祭「秩父夜祭」(12月2日宵宮、3日大祭)。多くの観光客でにぎわう初冬、新漬けのしゃくし菜漬けが出回り始める。
しゃくし菜(雪白体菜)はチンゲンサイに似た姿で、背丈50~80センチに育つ。明治初期に中国から国内に入ったとされる。秩父では長大根に代わって栽培され、伝統的農産物となった。種まき後55日前後、10月末から12月上旬にかけて収穫。大半が漬物生産者向けに出荷される。寒くなり軽く霜にあたると味がのる。株本の白い部分が厚く柔らかいのが優良品だという。
県内のもう一つの産地が深谷市で、春の栽培も行われる。漬物生産は秋がメーンだが、深谷産を使い春にも漬け込まれる。
(さいたま支局長 深沢潔)
[日本経済新聞夕刊2016年11月22日付]
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