作られた不平等 ロベール・ボワイエ著
格差の要因に権力の構図みる
本書のタイトルは、日本でも旋風を起こしたトマ・ピケティ著『21世紀の資本』を意識したのかもしれないが、著者のアプローチはピケティとは異なる。
著者のレギュラシオン理論では、よく「蓄積レジーム」という言葉が使われる。例えば、1990年代以降の米国で「金融主導型蓄積レジーム」が成立し、経営者と金融業者の同盟が強固になったことが、一時的にはマクロ経済のパフォーマンスに貢献したものの、サブプライムローン問題を契機に構造的危機に陥り、2007年の金融制度の危機を招いたと分析される。「金融自由化の正当性がアメリカ市民によって疑われ、トップ経営者の報酬が綿密に検討されるようになったのは、初めてのことである。まったく不確実な新しい『ニューディール』に向かって、新しい時代が始まっている」という言葉は印象的だ。
著者は、不平等問題を世界の論壇に再登場させたピケティの仕事を高く評価している。だが、レギュラシオン理論は、所得分配の問題を個人的な特徴(能力、才能、教育など)だけではなく、「発展様式と不平等レジームの相互依存性」と捉える。例えば、2000年代にラテンアメリカ諸国の多くでは貨幣所得の不平等が劇的に減少したが、これはその頃の米国経済の活況や中国の工業化ダイナミズムをおいては理解しがたい。
著者はこれらの現象を「様々な不平等レジームの共存」と表現する。不平等レジームを「純粋な経済的決定論の現れなのではなく、それらはとりわけ各国民国家レベルで形成される社会政治的妥協の結果」と捉えるのはレギュラシオン理論を長年引っ張ってきた著者らしい。
知日家の著者は、日本の不平等問題にも言及している。戦間期から戦後の復興期に生じた経済的・技術的転換(農地改革、累進課税、インフレによる不労所得者の安楽死など)が不平等問題を賃金生活者内部での問題に変えた点は、金融主導型の米国とも福祉資本主義型の欧州諸国とも違っている。男女間のキャリアの不平等が際立つのが日本の特殊性という。
要するに、不平等レジームの多様性を「社会における権力の構図」として、狭義の経済理論だけでなく、多くの社会科学の成果を借りながらアプローチしていくのがレギュラシオン理論の特徴なのだ。スタンダード・エコノミクスからの反応は相変わらず鈍いが、歴史的な政治経済学の可能性に関心のある読者なら一読して多くのヒントを得られるだろう。
(京都大学教授 根井 雅弘)
[日本経済新聞朝刊2016年11月20日付]
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