大分南部、第3の空揚げ「一本揚げ」
がっつり満足 塩味絶妙
大分の鶏料理といえば大分市・別府市のとり天、中津市・宇佐市の空揚げが有名だが、これらは県北、県央の話。県南の佐伯市や県西の竹田市には第3の空揚げとも呼べる塩味ベースで大きくて安い「一本揚げ」が広く定着している。
佐伯市の「肉の城南」では大人の手より大きな鶏肉が次から次へと揚げられている。店主の清松環さん(77)は「これが昔からの作り方」と胸をはる。店の商品はももと手羽の2種類だけ。注文するテーブル脇には1本から20本までの価格早見表がある。地元の人たちは5本、10本と次から次へと爆買いしていく。
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一本揚げの作り方は簡単明瞭。「若鶏を真っ二つに割って、もも部分と手羽部分に切り分け4つ割りにする。塩・コショウ・ガーリックを振って素揚げする」(清松さん)。肉包丁を3振りするだけだ。食べてみるともも肉の付け根には背骨の一部がついている。これがうま味やボリューム感を増やしているようだ。
手羽は羽(はね)や胸(むね)と呼ぶ人もいる。手羽先と手羽元、胸肉とささみが1つになっている。ももと手羽では手羽の方が重いため「肉をたくさん食べたい地元客は手羽を好み、観光客らはももを選んでいる。4つ割りにするだけなのが割安に提供できるわけ」という。
肉の城南よりも市街地から離れた場所にあるのが佐伯の一本揚げの元祖で名付け親でもある「広瀬精肉店」だ。精肉販売の傍ら一本揚げを揚げ続けている「1日通常500本、クリスマスになると5000本(1250羽分)を揚げている」という一番店だ。地元に里帰りした人たちがあの味が懐かしいと食べたがり、正月や月遅れ盆などにも販売量が跳ね上がる。
肉の城南とは実は親戚関係にあるという。味付けは微妙に違い、佐伯には広瀬派と城南派に分かれているとの声もある。
佐伯は伊勢エビなど海産物が豊富で、ネタの大きなすしや焼き魚をほぐした調味料のごまだしのほか最近ではラーメンも有名だが、一本揚げも昔からの味として親しまれている。
熊本県に近い竹田市の長湯温泉は国内でも珍しい炭酸泉で、つかっていると全身に泡がつくので有名だ。ちょっと寂れた中心商店街にあるのが知る人ぞ知る「秦精肉店」だ。80歳を超えて元気な波津子さん、カツ子さん2人姉妹がシンプル塩味の一本揚げなどを注文を受けてから揚げている。
絶妙な塩加減と冷めてもおいしいのが評判で常連客が入浴の後に訪ねてくる。地元の人たちは電話で注文して、取りに来るスタイルだ。佐伯と違い素揚げではなく片栗粉を付ける。
竹田市内に5店、昨春にはJR大分駅ビルにも開店したのが「竹田丸福」。味付けは塩とコショウで、でんぷんを揚げ粉に使う。丸福の最大の特徴は、きつね色ではなく白っぽい揚がり具合だ。「揚げ油にこだわっているためこの色になる」と店舗統括の高倉一郎さん(60)は解説する。
竹田と佐伯の中間にある豊後大野市の道の駅きよかわの向かいに構えるのが「からあげきよかわ」。1970年の創業だ。店主の日小田昭二さん(69)も注文を受けてから揚げる。小麦粉などをまぶしているといい、きれいなきつね色に仕上げる。
どの店も塩ベースのシンプルな味付けが支持されている。鶏肉は鹿児島や大分、宮崎など九州産の生鶏肉を主に使用している。1羽1キロを超える若鶏を使うのも共通している。揚げ時間は8~10分とじっくり火を通してある。とり天や空揚げと違い、揚げたてを楽しむだけでなく「冷めてからもおいしい」(日小田さん)のが人気の秘密となっているようだ。
熊本地震の影響で、大分県の観光は宿泊キャンセルなど一時期大きな打撃を受けた。半年がたって宿泊は前年並みにまで盛り返してきている。大分の温泉やマリーンレジャー、山登りなどと組み合わせて一本揚げを食べ比べするのも楽しいだろう。
大分を含む九州は鶏肉文化圏にある。祭りなどに飼っていた鶏をごちそうとして食べた習慣が残っているらしい。ゴボウと煮込み炊きたてのご飯に混ぜる鶏飯(とりめし)も定番料理だ。鶏肉文化は瀬戸内海沿岸から伝わってきた。地図を見れば瀬戸内海の西の先に国東半島や別府湾が位置している。中津・宇佐の空揚げはしょうゆとニンニクで味付けした鶏肉に小麦粉をまぶして揚げる。とり天は味付けした鶏肉を水で溶いた小麦粉を付けて揚げる。一本揚げはシンプルな分、ワイルドさも漂っている。
(大分支局長 藤井利幸)
[日本経済新聞夕刊2016年11月15日付]
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