軽の救急車、離島や山間部で活躍 要件緩和で導入続々
狭い道もすいすい 搬送時間を短縮
「急病やケガのときにすぐ搬送してもらえるので安心」。兵庫県姫路市の離島、家島に暮らす70代の女性はこう話す。島に軽の救急車が配備され5年半がたつ。
家島は姫路港からフェリーで約30分の瀬戸内海に浮かぶ。約95%が丘陵地で、主要道ですら普通自動車がすれ違いながら進むのは難しい。斜面に階段状に立つ家々の間を通る道の多くは、人やミニバイクしか通れないほどだ。
06年3月に姫路市と合併するまで、島には消防職員がいなかった。当時、急患の搬送は家島町の職員が担当し、福祉車両の軽自動車を使った。ただ救急救命士法で救命措置ができる場所は「救急車内」と「救急車に乗せるまでの間」と規定され、この車両では十分に処置できなかった。
総務省消防庁によると、国の「救急業務実施基準」は救急車の要件を▽隊員3人以上、傷病者2人以上を収容できる▽長さ1.9メートル、幅0.5メートル以上のベッド1台以上を載せられる――などと定めている。軽自動車はこれを満たせず、救急車として使えなかった。
そこで姫路市は09年10月、国の構造改革特区の提案募集に応じ、離島などに限り救急車の要件を緩和するよう求めた。総務省消防庁は11年4月に実施基準を改正。「道幅が狭い場所で救急業務を行う場合は基準を適用しない」として、軽の救急車を認めた。
これを受け姫路市は同月、家島など2島に消防局出張所を開設。軽救急車を1台ずつ配備し、救急救命士も配置して救急体制を整えた。
出動実績は2島で年約400件に上る。家島出張所の中村哲也所長は「車内で救急業務ができるようになり、容体悪化を防げて救命率も高まっている」と効果を強調する。
和歌山県橋本市も山間部は道幅が狭く、舗装されていない道もある。12年度の実地調査では、市内51地区約1200世帯が通常の救急車が玄関前まで到達できないことが分かった。昨年12月には軽救急車を導入。「到達できないエリアをほぼ解消できた」(同市消防本部)という。
119番通報を受け付ける消防指令室のシステムには、51地区の住所情報を登録してある。通報を受け住所を入力すれば、軽救急車で出動するかを自動的に判断する。
軽救急車は今年10月末までに約40回出動した。走行時の揺れは大きく、心電図は搭載しないなど機材も限定的だ。このため容体が安定している場合や、遠方の病院に運ぶ必要がある場合は途中で通常の救急車に乗り換えてもらう。
13年12月に運用を始めた広島県江田島市では、出動から患者に接触するまでの時間が導入前に比べ最大7分、平均3.3分短縮できた。市消防本部によると、対象エリアの救急出動件数のうち、約7%は軽救急車が対応した。
市内は海岸沿いの道路を除けば道幅が狭く、急カーブや急な坂道も多い。従来はこうした場では患者宅から離れた場所に停車し、救急隊員が担架を使って徒歩で患者を搬送しなければならなかった。坂道をストレッチャーで搬送する場合、心肺蘇生などの処置を十分できないことがあったという。
同市は今年2月に2台目の軽救急車を配備し、市内全域をカバーできるようになった。市消防本部の担当者は「山間部などの住民にも、公平に救急サービスを提供できるようになった」と話している。
◇ ◇
家族は同乗できず
小型の軽救急車は搭載できる機材が少なく、患者家族は同乗できない。限られた空間を最大限有効に活用しようと、各地の消防は工夫を凝らす。
姫路市消防局の軽救急車は定員4人で長さ約3.4メートル、幅約1.5メートル。同市の高規格救急車(定員7人、長さ約5.6メートル、幅約1.9メートル)と比べると、使える空間は2分の1以下だ。
そこで患者を乗せるストレッチャーは小型タイプを採用し、自動体外式除細動器(AED)などは壁にフックでつるす。天井が低く隊員が患者の胸を圧迫して心肺蘇生をするのは難しいため、自動式心臓マッサージ器を常備した。事故や災害など状況次第ですぐに入れ替えられるよう、機材セットは複数用意している。
橋本市は運転手が十分なスペースを保って安全運転できるよう、ストレッチャーは助手席の後ろに収容している。左側のサイドドアは使えなくなり、隊員は右サイドドアからの出入りが必要だ。県警からは「乗降の際、追い越し車両や対向車に十分注意してほしい」と要請された。
一方、通常の救急車が購入に数千万円かかるのに対し、軽救急車は半額以下で済む。燃費や維持費が安く済むメリットもある。
(倉辺洋介)
[日本経済新聞朝刊2016年11月13日付]
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