がん検診は仕事、企業が後押し 患者の3割は働く人
社員で予定を共有 精密検査欠かせず
「日ごろ体を鍛える若い人でもがんになる。社員がなってもおかしくない」
LPガス関連事業の古川(神奈川県小田原市)の古川剛士社長は3年前、配偶者を含め社員へのがん検診を会社負担で行うと決意した。スポンサーになっているフットサルチーム「湘南ベルマーレフットサルクラブ」の所属選手ががんにかかったのを知ったからだ。
配偶者も100%目標
準備を進め、昨年4月から社員全員の受診を可能にした。肺がん、胃がん、大腸がんなら35歳以上の全員、子宮頸(けい)がんは20歳以上、乳がんは40歳以上の女性が対象だ。
会社から徒歩3分の病院に協力を依頼。就業時間内に業務として受診できるようにした。タイムカードレコーダーの横には検診の予定表を置き、誰がいつ受けるのか一覧できる。業務を分担しやすくするためだ。がん患者の経験談などを聞く機会も年1回設け、検診の重要性の浸透に努める。
この結果、2015年の検診対象者52人のほぼ全員が検診を受けた。配偶者の受診率も向上している。昨年は胃がんで58%、乳がんで50%だったが、今年はそれぞれ70%、80%になった。「配偶者の受診率も100%を目指す」と総務部の山田智明課長は話す。
受診率が低いのは乳がんと子宮頸がんだ。社員の85%を女性が占めるワコールは09年にデジタルマンモグラフィー(乳房エックス線撮影検査)や超音波診断の装置を搭載した検診バスを購入。11年から本社などの駐車場で2週間、就業時間に乳がんと子宮頸がんの検診を自由に受けられるようにした。15年度に受診率は乳がんで82%、子宮頸がんで65%に向上した。
さらに課題となるのが、精密検査が必要と診断されながら受診しない人の多さだ。大腸がん検診では1万人のうち500~1000人が「要精密検査」となり、10~16人ががんと診断されるとされる。
しかし市町村が実施する「地域検診」の場合、精密検査の受診率は大腸がんと子宮頸がんで60%台にとどまる。「精密検査を受けなければ検診を受診した意味がなくなってしまう」と国立がん研究センターの片野田耕太・がん登録統計室長は指摘する。
保健師が健康面談
厚生労働省が15年度に実施した調査によると、精密検査が必要な従業員を把握している企業は半数にとどまり、精密検査を受けたかどうかを確認しているのは3割にすぎない。
アシックスは手遅れになることがないよう、要精密検査で未受診の人には総務チームの健康推進担当の保健師が電話やメールで受診を促す。必要な社員全員が受診しているという。
一般に精密検査でがんと診断されると、処遇が悪くなることを恐れ会社に伝えるのをためらうとされる。同社は基本的に検査結果を把握するのは担当スタッフにとどめる。保健師の徳永唯さんは「年1回、健康状態を知るため全社員と面談し、信頼関係を築いていることも検査結果を報告してくれる要因では」と話す。
国は企業のがん検診を推進するため、09年度に「がん対策推進企業アクション」を始動させた。登録企業は当初は65社・団体だったが、現在は2162に増えた。「社員をがんから守る」という企業の行動が定着すれば、がんによる死亡率の減少につながるかもしれない。
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受診率50%の壁
政府は2007年に策定した「がん対策推進基本計画」で、検診受診率を50%以上に引き上げる目標を立てた。12年に見直した第2期の基本計画でも「5年以内に受診率50%」とした。
ただ達成には至っていない。検診受診について調べた厚生労働省の13年の「国民生活基礎調査」では、過去1年間の受診率は部位別で最も高い男性の肺がんでも47.5%にとどまっている。
がん検診には、市町村が実施する「地域検診」と企業などが実施する「職域検診」がある。がん検診の多くは職域検診とされる。コンサルティング会社、キャンサースキャン(東京・品川)の福吉潤・代表取締役は「中小企業の受診率は大企業に比べてまだ低い。今後はどう中小企業で高めていくかが課題になる」と話している。
(西山彰彦)
[日本経済新聞朝刊2016年11月6日付]
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