プリズン・ブック・クラブ アン・ウォームズリー著
本を通じた受刑者との語らい
米国では全米図書館協会の力が強く、万人が図書館を利用できるよう「図書館権利宣言」を発表したこともある。これに基づく受刑者の知的活動にも意識が高く、「収容者の知性は自由で開けた意見交換を所内でも糧とすべし」としている。刑務所内の図書室は権利として保障されるべきものなのだ。
本書は、ボランティアが主催する刑務所内読書会の記録である。著者は以前、路上強盗に襲われ首を絞められて昏倒(こんとう)した経験のトラウマをもっていた。この読書クラブの運営参加に人一倍の恐怖心を抱いたのも、それをおして参加を決めたのも、その一件があってのことだ。
さて、読書会のメンバーは麻薬犯罪や殺人、発砲事件、銀行強盗などの罪で収容中の受刑者たち(仮名)。マーガレット・アトウッドを愛読するドレッド、『怒りの葡萄(ぶどう)』と『二都物語』がお気に入りのピーター、自分には「神がすべてだ」と言うマーレイ……。たとえば、障害児の父親の回顧録『月で暮らす少年』は、ボランティアたちが畏敬の念を抱いたのに対し、受刑者らは、この父親は恵まれた生活環境にいるのに、自分の人生を犠牲にしているなんて言うのは甘い! と手厳しく批評。
また、二章にわたるアトウッドの『またの名をグレイス』の読書会では、ヒロインが殺人を犯したかをめぐり白熱の議論が交わされる(ちなみに、受刑者メンバーは全員が「クロ」と断じた)。ドレッドはこの作家の文体を「ヘミングウェイに似てシンプルだ。でも、美しいんだな」と絶賛し、アバター(分身)みたいに読者を物語の中へ連れていってくれる、と評する。
読書会では詩も扱う。モダニズムの巨匠T・S・エリオットの「賢者の旅」の朗読を聴くうちに、「わたしたちはかくも長き旅をした」というくだりに耳を留め、以前読んだミストリーの『かくも長き旅』の出典はここだったのかと気づく。こうした発見の歓(よろこ)びは普遍のものだ。
著者は収容者への個人的なインタビューにも成功し、彼らの人生の深淵を垣間見ることになる。この知的で考え深い人々は、どうしてここに居るのか。読書がいかに彼らを変えたか。ジャーナリストではなくボランティアとして関わったことで、受刑者たちと深く接し、罪業に関わる話も聞きだすことができたのだろう。胸襟を開いて語っただけに、それを出版されて信頼を裏切られたと(元)受刑者らは感じている、という米国でのレビューも目にした。難しい出版倫理の問題だが、一読者としてはこの本に出会えて感謝している。
(翻訳家 鴻巣 友季子)
[日本経済新聞朝刊2016年10月23日付]
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