熊と踊れ(上・下) A・ルースルンド、S・トゥンベリ著
北欧発 実話に基づく犯罪小説
北欧最高のミステリーの賞である「ガラスの鍵」賞受賞作家のルースルンドが、スウェーデンで実際に起こった強盗事件をモデルに描いた、疾走感あふれるクライムノベル(犯罪小説)。犯人グループの実の兄弟との共作というのも話題になっている。
主人公は、暴力的な父親の影響下で育った三兄弟。長兄・レオが中心になり、レオの恋人や幼馴染(おさななじみ)の青年を巻きこんで、壮大な強盗計画を企てる。まず軍の倉庫から大量の武器を盗み出し、これを使って銀行強盗などを重ねる、というのが大まかなストーリーだ。
最初の武器強奪の場面から、非常にスピーディーに話が進む。強盗事件についてはちょっと上手(うま)く行き過ぎ(あるいは警察が無能過ぎ)の感もあるが、彼らが奪った武器の火力があまりにも強力で、かつ計画が大胆で綿密だから、この展開も納得できる。
だが、首謀者たるレオの欲望と目的は、なかなか満たされない。予定では、もっと早くに巨額の金を強奪して、人生をやり直すつもりだったのだが、毎回見込みよりも少ない額しか手に入らないのだ。
そういうこともあって、犯行グループの中には次第に軋(きし)みが生じ、二人の弟が離反。しかし最後の襲撃に執念を募らせるレオは、とうとうある人物をグループに引き入れ、危険な賭けに出る。
警察を翻弄しながら、次々と犯行を重ねる様は、ある種痛快でもある。「暴力」はあっても「死」がないせいかもしれない。アメリカの作家なら、ひたすら死体を積み上げる展開にするだろう。
日本人にも受け入れられそうな理由の一つは、レオが金に執着し、暴力的になる理由が丁寧に描かれ、十分理解可能なことだ。海外ミステリーでは、しばしば「理解不能な犯人や動機」が登場し、捜査陣も読者も置き去りにされてしまうのだが、この作品においてはそういうことはないだろう。
そして小説として優れている点は、レオを追う立場のストックホルム市警の警部、ヨンも、レオと同じように暴力の連鎖に巻きこまれた設定にしていることだ(しかもレオよりひどい)。ヨンは架空の人物だそうだが、これによって、ストーリーが一本調子になるのを巧みに避けている。
文庫本上下巻で千ページを越える大著だが、一気読みを妨げる要素は何もない。今年後半のイチオシだ。
(作家 堂場 瞬一)
[日本経済新聞朝刊2016年10月23日付]
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