あっ倒れる!コイン積みの塔 何でも積んでネット投稿
保育士、谷峻介
ちゃぶ台に五円玉を置き、その上にそっと、五百円玉を立てる。さらにもう1枚。ここまでは簡単だ。次は一円玉。両端をつかみ、少しずつ降ろしていく。よし、成功。
3枚重ねまでは、何度も作ってきた。でも今日は、もう1枚、載せるつもりでいる。息を詰め、集中する。倒れるな、倒れるな――。あっ!
朝起き抜けに、週末の夜更けに、気が向いたとき僕はコインを取り出す。一人暮らしの小さな部屋にあぐらをかいて、どんどん重ねる。思い通りのものができれば、写真を撮り、「たぬ」のアカウントでツイッターに投稿する。これまで作ったのは200種類くらい。見てくれる人は1万7000人を超えた。
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鉛筆やグラスも
3、4年前だったか。なにげなく手元の十円玉を立て、その上に一円玉を載せてみた。少し苦労したけれど、うまくいった。ちょうどツイッターを始めたころで、面白いかもと思って投稿した。それからちょくちょく、積むようになった。
コインだけでは芸がないから、身近なものは何でも使う。例えば鉛筆。コインの間に横向きに挟むと少し迫力が出る。つまようじはてっぺんに載せ、両側に五円玉をぶら下げる。ゴルフボールやホチキス芯もいい。
一番どきどきしたのはワイングラス。端に五百円玉を立て、その上にもう1つグラスを載せる。倒れたら悲惨だと思いつつ、やりたい気持ちを抑えきれなかった。幸い成功し、惨事は免れた。
横たえた一円玉をらせん状に重ねることもある。中心を捉えて積むのがポイントだ。600枚で1時間半かかった。写真を撮り、ふっと息を吐いた瞬間、崩れ去った。
実をいうと、うれしいのはほんの一瞬。その後に空しさがこみあげる。無駄なことに時間を使ってしまった。本でも読んでいれば良かった、と。
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「これの意味って?」
だからツイッターのコメントは、達成感と後悔がない交ぜになる。たとえばこんな感じ。「『世の中に無意味な事なんて無い』 じゃあ、これの意味を教えてよ」「頑張って作った。でも、人生は何も変わらなかった」
なんだか悲しくなってきた。でも、誰かがおもしろがってくれるのはうれしい。「接着剤でくっつけているのでは」なんて言う人もいるけれど、それだけ驚かれたのだと受け取っている。たまに崩す瞬間の動画も投稿する。
小さいころから引っ込み思案で、クラスの端っこでひっそりと生きてきた。中高時代は吹奏楽部でチューバを吹き、大学では奇術部でジャグリングにのめり込んだ。
ジャグリングは一人でコツコツ、技術を追求するのが好きな人が多い。今も続けていて、唯一の趣味(ちなみにコイン積みは時間つぶし)。ここで培ったバランス感覚がコインに応用できた、と言いたいところだが、それよりも、集中力や限界を突破する力が身についたことが役立っている。
コイン積みのコツはいろいろある。例えば重い硬貨を下にすること、1番下や途中に横たえた五円玉を挟むこと、など。
でも、何よりも、諦めないことと集中力である。集中力が続くのはせいぜい20分。没頭すると、ミリ単位以下の傾きやズレが、指先で感じられるようになる。
不思議なことに、不可能と思っているうちは絶対に失敗する。写真の4枚重ねもそうだった。1年くらい前、できるかも、と思う瞬間があって、やってみたらできた。
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無駄の楽しさ
ワイングラスを使ったものや、らせん状のタワーは見栄えがするが、実際は、このシンプルな積み方が一番難しい。まだ5枚は不可能だと思っているが、いつかできる日がくるだろうか。
思えば昔から、人の評価を気にしない性質だった。国立大で生物を学んだのに、保育士になった時はびっくりされたが、この仕事は夢だった。
コイン積みに関して、志や目標はない。でも、遊び心は大切だ。保育園でも、くだらないダジャレをいったり、おどけたりしている。みんなとっても喜んでくれる。
有用であることにしばられないで生きていきたい。しょうもないことでも、本気を出したらすごいことになるはずだ。コイン積みで、無駄の楽しさ、可能性を感じて頂けたらと思う。
(たに・しゅんすけ=保育士)
[日本経済新聞朝刊2016年10月24日付]
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