映画『手紙は憶えている』 復讐の旅、衝撃の真実
ナチスによるユダヤ人迫害、虐殺は繰り返し映画の題材になり、これからもなくなる日は来ないだろう。
とはいえ実行者たちはいつか死に絶える。その前に我が手で復讐(ふくしゅう)を果たそう、と旅にでた老人の姿を「スウィートヒアアフター」(1997年)などのアトム・エゴヤン監督が小さなスリルを積み重ねながら描いて衝撃の真実を突きつける。
朝、目が覚めたゼヴ・グットマン(クリストファー・プラマー)は妻の返事がなくてうろたえた。認知症気味の彼には妻の死と葬儀を終えたばかりの認識がなかった。そんなとき、友人マックス(マーティン・ランドー)からの手紙を見た。
そこには、彼と共にアウシュヴィッツ強制収容所を生き延びたゼヴが彼に誓った復讐のための実行方法が記されていた。彼らの家族を殺した兵士が正体を隠して米国へ移住、いまも生きているという情報をマックスは掴(つか)んでいた。車椅子に縛られたマックスに代わってゼヴが復讐を決行する。
手筈(てはず)はすべてマックスが済ませ、手紙には何人かの名前と住所がある。こうして記憶が不確かな90歳の老人ゼヴの長い旅が始まり、その果てに「いつかこの日がくると思っていた」という老人に対面する。
まだらな記憶と行動を助ける手紙の指示。だが目覚める度に妻の死を忘れ、小さな刺激で我に返る彼に復讐が可能なのか。過去を呼び覚ますサイレンの音、収容所にいたと告白する同性愛者の老人、かつてのナチス少年を父に持ったネオナチ信奉者との出会い。ヒトラーが好んだワグナーの調べは何を意味するのか。
のどかなアメリカの田園風景の中に息をひそめて生きてきた元ナチス兵士の恐怖が広がる……ように見えて実は、という脚本はベンジャミン・オーガストの鮮烈なデビュー作。不安と疑惑の果てにたどり着く衝撃の対面の結果に息をのむ。
1時間35分。
★★★★
(映画評論家 渡辺 祥子)
[日本経済新聞夕刊2016年10月21日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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