中国の論理 岡本隆司著
歴史を貫く意識の構造を見る
中国の外交や国内問題への対応には強硬さが目立つように見えるが、本書の著者は、日本人が自らの常識で中国をはかるのは「知的怠惰」だと強調する。では、「中国の論理」とはいったい何なのか。歴史的な所産として、それを捉えようというのが本書の趣旨である。
「諸子百家」と呼ばれるように、中国では多様な思想や学術が発達したが、絶大な力を持ったのは儒教だった。史書の分析と叙述は、儒教の教義を「理想」としていた。
中国が西洋近代に直面し、王朝の支配する天下=国家ではない、国民国家を模索する中で、古い史学を批判する動きが見られたが、「理想」を考証の前提にする論理構造は変わらなかった。儒教の「理想」に取って代わったのは「愛国主義」であり、「ナショナリズム」であった。
こうした中国の論理的枠組みの本質は、君主独裁制から立憲共和制へ、三民主義からマルクス主義へ、計画経済から市場経済へと変化しても脈々と続いていく。昨今の中国の外交が示す大国意識は、華夷秩序に基づく世界観を彷彿(ほうふつ)させる。儀礼・道徳・学術・政治イデオロギーを身につけたエリート「士」と非エリート「庶」の乖離(かいり)は、現代中国の階層化された社会に映って見える。
もっとも、長い歴史において、統制のメカニズムが弛緩(しかん)し、多くの変化が見られた時代もあった。例えば、モンゴル帝国の支配により、科挙がいったん断絶した間、任官できない知識人は庶民に近づいた。その結果、元曲や口語小説などの通俗文芸が盛んになった。明朝が朝貢貿易以外の対外的な交通・交易を認めず、取り締まりを強めた時期には、密貿易がはびこり、海からは倭寇の、陸からはモンゴルや女真の攻撃を受けた。
20世紀前半、中国では辛亥革命をはじめ、文学・思想革命、国民革命、中国共産党の革命、すなわち「解放」、そして文化大革命など、多くの革命が起こった。しかし、どの革命も、中国を貫く論理を根底からは覆していないと著者は見る。ならば、グローバル化やインターネットなどの新しい要素は、中国にどのような影響を与えるのか。著者は、清朝の滅亡を偶発的なものととらえるが、「変わらない中国」を基盤に考えれば、仮に将来、体制が転換することがあったとしても、「中国の論理」は中国の体内に流れ続けるのだろうか。
本書の提起する視座は、壮大な歴史から現在を、そして未来を考えるために、多くのヒントを提供してくれる。
(東京大学准教授 阿古 智子)
[日本経済新聞朝刊2016年10月16日付]
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