魚が食べられなくなる日 勝川俊雄著
日本漁業を改革する方法考察
「日本人の魚離れ」は最近よく話題になるが、著者は「魚の日本離れ」だと表現する。たとえば国産魚ではホッケ、シラスウナギ、クロマグロ、ニシン資源が激減している。しかも海外で魚の消費量が増えているために、日本が「買い負け」し、輸入も減っている。
200カイリ時代を迎えて久しい。この間、われわれは他国の資源を収奪する漁業から、自国資源をきちんと残して高く売る漁業への転換を余儀なくされてきた。ところが江戸時代から続く旧態依然とした漁業慣行、不十分な漁業規制によって、日本漁業は衰退している(年間の新規就業者は2000人程度と、評者の勤める大学の新入生の数より少ない)。著者がノルウェーやニュージーランドに出向いて足で稼いだ情報をもとに、これらの国の漁業がいかにして疲弊から立ち直り、さらに成長産業に転換していったかを解説する。
そのカギが、個別割当(IQ)方式である。現行ではサンマ、アジ、サバなど7魚種に年ごとの総量規制(TAC)が課されているが、獲(と)り方はダービー方式、つまり早い者勝ちになっている。このTACを個々の漁業者にあらかじめ漁獲枠として配分することで、漁業者は先取り競争から解放され、コスト低下と魚価上昇が見込める。つまり漁業の生産性が改善され、所得が上がり、若者が漁村に入ってきて地域が活性化する。著者はこの改革を、漁獲金額の57%を占める大規模游泳(ゆうえい)性資源から着手すること、ブリやマダイなど4魚種をTACに加えることを提案する。
一方、漁獲枠を売買できるようにするのがITQ方式である。これによって炭酸ガスの排出抑制のために実施されている排出権市場取引のような漁獲枠取引が実現し、市場を通じた社会問題の解決ができる。しかし著者はITQには慎重だ。とくに沿岸漁業による地域の雇用と経済を維持するためにはIQに留(とど)めるべきだと説く。沿岸においては漁業権をより強化して小規模漁業者の生活を守る必要があるという。沖合漁業への大ナタと沿岸漁業の保護が著者の描くグランドデザインだ。
さてこの改革をどう実現するか。著者はわれわれに期待を寄せている。消費者には消費する権利とともに義務も発生するのだから、もっと現状を知って国民世論を盛り上げようと呼びかける。今の日本漁業が直面する諸問題に気づかなければ「魚が食べられなくなる日」がやってくるぞ、と資源学者の立場から警鐘を鳴らしている。
(大東文化大学教授 山下 東子)
[日本経済新聞朝刊2016年10月2日付]
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