山梨の清流育ち ふじかわもろこ
締まった身 栄養たっぷり
「ふじかわもろこ」と聞いて分かる人は少ないだろう。琵琶湖固有種の淡水魚「ホンモロコ」を、山梨県の富士川沿いで育てた地域ブランド名だ。成魚でも体長は十数センチメートルの小さな川魚だが、「コイ科の中で一番おいしい」といわれる。滋賀県では幻の高級魚となったホンモロコ。山梨の地で名を変えた希少な魚の味わいを探ってみた。
ホンモロコ最大の売りは豊富な栄養。一見似ているワカサギと比べてみよう。文科省の日本食品標準成分表2015年版によると、カルシウムがワカサギの2倍弱、ビタミンAが2.5倍、体によいといわれるエイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)なども多い。ただ滋賀県では最盛期に372トンあった漁獲量が、15年度は16トンに急減している。
山梨県ではJAふじかわ(富士川町)が07年から試験養殖を開始した。農協が魚の養殖に乗り出すのは珍しく、きっかけは休耕田の活用だった。ふじかわもろこを命名したのは、横内正明前山梨県知事。現在富士川町、身延町、南部町の3町4カ所で養殖。廃校小学校のプールも使って懸命に続けた結果、15年度は560キログラム出荷できた。
ふじかわもろこならではのおいしさは、養殖池に流す水が南アルプスの清流であることも一役買っているという。冷たさで身が締まるようだ。仲尾玲子山梨学院大教授は「水や餌を工夫すれば川魚特有の土臭さが軽減する」と話す。
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食べられる店はまだ少ないが、甲府市の「うなぎの竜由」は一年を通じて食べることができる。前店主の依田辰男さん(77)は5年ほど前、JAふじかわからモロコ料理のレシピを考えてくれと頼まれた。30種類以上試作し、残ったのが現在の料理だ。ただ店のホームページを見てもふじかわもろこは出ていない。店に行って初めて知った。
ランチにぴったりなのが「もろこどんぶり」。素揚げしたモロコを、みりん、しょうゆ、砂糖で作ったタレにつける。砂糖が多めだが寝かしておく間にほどよい甘さになるという。タマネギ、ゴボウを加え、北杜市産のこだわりの卵でとじて熱々のごはんの上にのせる。食べると脂がのったモロコの甘塩っぽさが口内いっぱいに広がる。
タレは基本的にウナギ用と同じ。40年以上続く老舗ならではだ。「ふじかわもろこは川魚と思えないほど脂がのっている。10センチメートル以上あれば塩焼きが一番。どんぶりには小さいのを使うので比較的安くお出しできる」と依田さんは話す。
店ではほかにかき揚げ、柳川風を提供している。活魚が入荷できる秋から冬は天ぷら、空揚げも。モロコがある時の裏メニューでマリネや甘露煮もある。
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石和温泉で旅館「華やぎの章 慶山」は3年前からふじかわもろこを宿泊者向けに提供している。通常冷凍で出荷されるモロコを活魚で仕入れて、客の前で生きたまま衣をつけて揚げるパフォーマンスが人気だ。「強い魚なので跳ねて油が飛び散らないように気をつけます」と和食調理部の清水登調理長(64)。ほろ苦い味だが臭みはなく、抹茶塩で食べるのを勧めている。おおむね10月上旬から2月まで食べられる。
今後は知名度のアップが課題。旬の秋、JAはイベントに積極的に出ている。毎年出店しているのは、甲府市の農業まつり(今年は10月15、16日)、富士川町の甲州富士川まつり(11月第2日曜)、身延町のみのぶまつり(11月3日)。屋台で天ぷらを出している。
JAは山梨ならではの名産に育てたい考え。深沢養魚場(富士川町)は出荷1カ月前になると餌に町の名産のユズを混ぜている。モロコは水温が下がると餌を取らなくなるが、井戸水で育てているため比較的長い時期餌を取っており、モロコを食べるとほのかに香ばしさを感じるという。
水温が下がる清流に代わる井戸水を確保できない養殖池は対応が難しいが、JAふじかわの長沢千明さん(60)は「いつか全量フルーツ魚にしたい」と話す。
脂がのる10月下旬が最もおいしい時期だという。今年の本格的な出荷はまもなく始まる。
食べられる店が少ないので、自分で料理するのはどうだろう。JAふじかわ近くの深沢養魚場にふじかわもろこの釣り堀がある。1時間千円で釣り放題(さおのレンタル、餌代込み。12月から3月は休み)。大体10匹以上は釣れるという。
山梨学院大学健康栄養学部のホームページにユニークな料理メニューを掲載している。仲尾教授は2013年、モロコ料理を考える授業を行った。コロッケ、みりん干し、オイルサーディンソテーなど柔軟な発想でできたメニューが並んでいる。
(甲府支局長 三浦秀行)
[日本経済新聞夕刊2016年9月27日付]
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