戦争まで 加藤陽子著
世界との交渉の経緯を再検討
評判を呼んだ『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(2010年)の続編をなす著作である。中高校生に対しての講義で、歴史学の「最新の研究の成果」をもとに史料を解読し、問いを投げかけ対話をし、歴史像を提供する。そして、あわせて歴史を知ることの意味を伝える。
対象となるのは、1930~40年代の世界的な危機の時代の日本。(「満州事変」をめぐる)リットン調査団の報告書、日独伊三国軍事同盟の締結、そして日米交渉と、この時期の重要な交渉が取り上げられる。日本が「世界の道」から問いかけられ、交渉した経緯をたどり、その選択の仕方を検証するが、戦争をみるには、それ以前の交渉過程の検討が必要という認識である。
戦争とは、相手の「正統性原理」である憲法への対抗という押さえのもと、著者は、この時期の世界を中国やドイツ、ソ連の動きなども交えながら、それぞれの思惑を解説する。文書を詳細に読み解き、条文の意図するところを認識させるなかから、当時の国際関係を理解させる。
その手腕はあざやかである。リットンが日本側に配慮した解決条件を提示していたことをいい、その背景を探る営みひとつをとっても、読者は国際交渉の複雑さに直面するであろう。三国同盟締結の「異様さ」を浮上させ、各国指導者の世界認識を論じ、蒋介石の粘り強さに言及するなど、興味深い指摘が次々に繰り広げられる。
キーワードは「選択」で問題の「本質」が選択肢に反映されているか否かを、国外・国内の情況(じょうきょう)や対抗関係をみすえ解読する。そして、これほどの駆け引きをしながら、日本が「世界の道」との斬り結びに「失敗」することが、あわせて説かれる。「戦争まで」の動きがたんねんにたどられ、中高生ならずとも、多くの知見を得る。
だが、本書に登場するほとんどは、外務官僚と軍部関係者である。指導者の次元での詳細な説明がなされればなされるほど、戦争に帰結していく道筋が、必然化されていく感も否めない。加えて、国民は選択肢の形成には関与せず、選択肢をあたえられるのみとなる。
たしかに、著者は戦争の原因を「それでも」選択したことに求め、日本国憲法の平和主義をその「反省」としている。だが、指導者の国際関係での交渉に重きを置かれるほどに、国民の関与は遠ざかってしまう。これまで、戦争教育は平和教育と不可分であったが、それが切断されはしまいか――目を見張るような講義録を読みながら頭をよぎったのは、そうした懸念であった。
(日本女子大学教授 成田 龍一)
[日本経済新聞朝刊2016年9月25日付]
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