オンラインデートで学ぶ経済学 ポール・オイヤー著
実体験から市場とビジネス分析
きわめて正直な題名である。本当にオンラインデートで経済学を学ぶ本なのだ。著者は婚活サイトでパートナーを見付けた経済学者。当事者ならではの観察が光る。
婚活サイトでは正直に自分のプロフィルを書くのは損である。体重を軽めに、年齢を若めに、収入を高めに詐称したりする。多くの人がそうするから、自分だけ正直に書くわけにはいかない。その結果としてプロフィルの情報の信頼性が全体的に下がる。同様の問題は婚活サイト以外にも多くある。新商品の宣伝文句、政治家の公約、営業トークなどはその例だ。言うこと自体はタダなので「チープトーク」という。
そこで情報の信頼性を増すための「シグナル」が重要になる。例えば、自分が金持ちだと示したいなら、札束を燃やす動画を撮って、自己紹介用にアップする。頭脳の優秀さを示したいなら、出身校の卒業証書をスキャンしてアップする。だが、シグナルは本人の望み通りの効果をもたらすとは限らない。札束を燃やしたり、学歴をひけらかしたりするのは、品性が乏しいことのシグナルとしても機能するだろうから。
婚活サイトは、築地市場や東京証券取引所のように、売り手と買い手を組み合わせてゆく。婚活サイトという市場の主な特徴はふたつ。各人は売り手でも買い手でもあること。そして各人には様々な個別性があること。
著者でいうと、子供が2人いて、頭髪が減ってきた、名門大学の教授である。この個別性を高く評価してくれる人を探すためには、相手側の人数が多いほうがよい。
効率的な取引には多くの参加者が集まる「市場の厚み」が重要だと、近年の経済学でよく強調される。運営側から見ると、参加者を多く集めることがビジネスの成否を分かつことになる。新規参入を試みる婚活サイト業者は、いかに使いやすいサイトを提供しようとも、いま参加者がいないという理由で、新たな参加者が寄ってこない。人と人をつなぐビジネスでは、人が人を呼ぶ軌道に乗せることが、死活的に重要なのだ。
著者は婚活サイトの利用者に助言を贈るが、身も蓋もないものが多い。収入の上昇、美容の向上、人脈の形成は、婚活に好ましい影響を与えるようだ。おそらくそれらは正しいのだろうが、ロマンスには乏しいと言わざるをえない。とはいえ恋愛指南書の趣を一切排除したことは本書の美徳であり、経済学の視点を伝えるための最適化に成功している。
(慶応義塾大学教授 坂井 豊貴)
[日本経済新聞朝刊2016年9月25日付]
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