「ファウストの劫罰」相次ぎ上演
ベルリオーズの大作、喜怒哀楽を壮大に
フランスの作曲家ベルリオーズがドイツの文豪ゲーテの代表作を題材に作曲した音楽劇「ファウストの劫罰(ごうばつ)」。美しい響きと物語の普遍性を兼ね備えた大作で、国内2楽団の上演が続く。
10日午後、東京・初台の東京オペラシティ。東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団を率いる常任指揮者、高関健がタクトを振り下ろす。ファウスト博士、悪魔メフィストフェレスを巡る壮大で幻想的な物語「ファウストの劫罰」(演奏会形式)の幕開けだ。人間の喜怒哀楽や感情の陰陽を巧みに表現した、ベルリオーズの変幻自在の音楽が響き渡る。
総勢200人近く出演
舞台上には、オーケストラ、合唱団など総勢200人近い出演者が並ぶ。高関はこの大編成を冷静沈着、緻密な指揮でコントロールし、多彩で美しい音色を奏でる。ファウスト役のテノール西村悟、メフィストフェレス役のバリトン福島明也ら歌手陣も、抜群の歌唱力で「ファウスト」の深淵な世界を歌い上げた。
人生を悲観した主人公ファウストがメフィストフェレスの計略にはまり、美しい娘マルグリット(原作ではグレートヒェン)に恋する。そして彼女を助けるために地獄に墜(お)ちゆくさまを描く。
ベルリオーズは「ファウスト」に感銘を受け、同作の第1部をもとに「ファウストの8つの情景」という曲を1829年に作り、ゲーテに送った。ゲーテはこの曲を評価したが、結局ベルリオーズの元に返事は届かなかった。落胆したベルリオーズはこの曲を再構成し、ゲーテが亡くなった13年後の45年、「ファウストの劫罰」を完成させた。
高関は「ベルリオーズといえば『幻想交響曲』だが、この名作も『ファウスト』がなければ生まれなかった。彼の音楽的発想のもとになった」と語る。シューマンやグノーら多くの作曲家が「ファウスト」を題材にしたが、中でも「『劫罰』は原作を表現することにある程度成功した」(高関)
豊富な経験が必要
「ファウストの劫罰」は大編成のオケと合唱が必要な上、技術的に演奏が難しく、指揮者にも豊富な経験や文学・歴史の知識が求められる。日本では99年のサイトウ・キネン・オーケストラ、2010年の東京二期会によるオペラ版など、近年では数えるほどしか上演記録がない。しかし今年はシティ・フィルに続き、今月24~25日に東京交響楽団も演奏会形式で上演する。「オケの美しい響きと合唱を聞いてほしいと思いこの曲を選んだ。それが(偶然)東響との競演になった」と高関は言う。
東響公演の指揮は14年まで音楽監督を務めたオランダ出身のユベール・スダーン。歌手陣はファウストが欧州の歌劇場で活躍する米国人テノールのマイケル・スパイアーズなど実力者が並ぶ。何度もファウスト役を演じたスパイアーズは「ファウストは複雑な世の中で自分の運命をコントロールしようとするが、彼は神になりたいと願いながら、(神として)星を動かそうとして失敗してしまう」と分析する。
この作品にはもうひとつ重要な役がある。ファウストがメフィストフェレスの幻惑にはまった直後の酒場の場面で下世話な「ねずみの歌」を歌うブランデルだ。登場時間は短いが、ファウストの世界観を形成するには欠かせない。この役をシティ・フィル、東響の両公演で務めるのが東京二期会のバリトン、北川辰彦で10年の二期会公演でもブランデル役を務めた。「荒唐無稽なこの戯曲の中でもさらに荒唐無稽な場面。難しい役だが面白い」と話す。
この大作について、東響の辻敏事務室長は「編成を考えると簡単にはできないが、甘い部分も怖い部分もあるメフィストフェレスの存在をはじめ普遍性のある作品だ」と説明する。「ファウスト」への造詣が深いスダーンは「ベルリオーズの個性的な音のカラーが素晴らしい」と語る。
ドイツの文豪とフランスの大作曲家の思想が凝縮された作品で、欧州では繰り返し上演されている。今回の相次ぐ上演を機に日本でも注目度が高まりそうだ。
(文化部 岩崎貴行)
[日本経済新聞夕刊2016年9月20日付]
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