〈インターネット〉の次に来るもの ケヴィン・ケリー著
デジタル社会で人間のできること
人工知能(AI)の進化が近い未来に技術的特異点(シンギュラリティー)を超えて、統御不可能な大変化が人類文明に引き起こされると言われるとだれもが落ち着かなくなる。自分はやっていけるか、会社は大丈夫だろうか、子供たちの教育は、これからの社会はいったいどうなるのか。
本書は、1990年代からデジタルカルチャーのトレンドを先導してきた雑誌「WIRED」の創刊編集長で、テクノロジー世界の未来を予見するにはもっとも見通しのきくポジションにいる著者によるデジタル文明の診断書である。
デジタル技術が次々と変化を引き起こし、相互に結びついて「止まることのないアップグレード」を繰り返し破壊的進歩が進行する。その「なっていく(ビカミング)」プロセスを、アクセシング(接続)、トラッキング(追跡)、シェアリング(共有)といった12の動詞の現在進行形に分類して、「今後30年を形作ることになる不可避なテクノロジーの力」が描き出される。
起こりつつあるのはヒトの生活世界の全面的な認知化(コグニファイング)である。AIというとロボットやスーパーコンピュータを思い浮かべがちだが、今問題となっているのは、ヒトとモノが全面的にデジタル・ネットワークのなかに組み入れられ結ばれるなかで姿を現しつつある〈人工的な知性〉のあり方だ。
現在の世界ではすでに40億の携帯電話と20億のコンピュータがつながって、地球の周りを継ぎ目なく覆う〈大脳皮質〉を形成している。地球上の150億を超えるデジタル・デバイスにはすでに全体で10垓(がい)(10の21乗)個のトランジスタが搭載され、その結びつきは人間の脳のニューロンの1兆倍以上の規模のネットワークを形成している。技術環境として外在化された巨大な〈脳〉をプラットフォームにして人類全体の生が営まれるようになってきている。
デジタル化した世界は、あらゆる事象がコピーされて流れていくフローな世界だ。すでに我々が目にするすべては、スクリーン化し、アクセスと共有が基本で、情報の流れはフィルタリング、トラッキングされ、著者が「テクニウム」と呼ぶ、生命体のように自己組織化し続ける技術的生態系のなかに包摂されていく。
問題は、不可避な技術進化は、人間の幸福を必ずしも意味しないことだ。「良い質問とは、人間だからこそできるものだ」と著者の言うとおり、技術と〈共進化〉する次の人間世界を問うことから私たちは「始める」しかない。
(東京大学教授 石田 英敬)
[日本経済新聞朝刊2016年9月18日付]
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