映画『オーバー・フェンス』 とめどない愛の流れ
職業訓練校で学ぶ失業者たちが校内ソフトボール大会に臨む。函館の作家・佐藤泰志の小説を映画化した山下敦弘監督の新作は、ただそれだけの物語である。
そのシンプルさは、女子高校生4人がバンドを組んで文化祭に出るだけの「リンダリンダリンダ」(2005年)を思わせる。ただそこににじむ人生の苦みや愛の悲しみは、これまでのどの山下作品よりも深い。
作業服を着た男たちが野球道具をもち、だらだらと運動場を歩く。彼らに行き場がないことは一目でわかる。中退した元学生、元ヤクザ、年金生活者……。妻子と別れ、会社もやめて、故郷の函館に戻り、独りで暮らす40代の白岩(オダギリジョー)もその一人だ。
穏やかで分別がある白岩を、訓練生の代島(松田翔太)がキャバクラに誘い、ホステスの聡(さとし)(蒼井優)を紹介する。ダチョウの求愛をまねて、はしゃぐ聡。その孤独が白岩と響き合う。
産後ウツになった妻に去られたショックと自責の念を胸に秘めたままの白岩。小さな街で周囲に蔑まれ、劣等感と反発心の塊となった聡。破天荒な聡の存在は原作よりずっと大きい。
聡がバイトする遊園地のシーンが印象深い。ハクトウワシの求愛ダンスを踊る聡の頭上に羽根が舞い降りる。まるで相米慎二の映画で舞い散る桜のように。「ぶっこわれてるから私」と聡は白岩に毒づき、柵の中の動物たちを放す。馬やウサギや鳥が路上をさまよう。まるでカサベテスの「ラヴ・ストリームス」のように。
そこにはとめどない愛の流れがある。その愛の強さゆえに、女も男も現実とうまく折り合えない。訓練生一人ひとりの心の中にもある生きづらさ。それを抱えて白岩は打席に向かう。
リアリズムが持ち味の山下が、一瞬のイメージの飛躍に一筋の希望を託す。高田亮の脚本に血が通い、近藤龍人の撮影が美しい。1時間52分。
★★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2016年9月16日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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