バナナ買うた、門司に元気　移り変わる叩き売り口上

「バナナが喜ぶ三種の神器があります」。間を置いて「握手、拍手、キャッシュ！」と続けると、客がドッと笑う。場の空気を引き寄せたら畳みかける。「男性は早めに手を挙げて。女性と同時なら女性に売ります。サア買うた！　たったの○○円！」。バナナの黄色い房を皆に見えるように持ち上げる。「買った！」と気持ちよく売れた瞬間に至上の喜びを感じる。

このバナナの叩（たた）き売りの発祥の地とされる北九州市の門司港などで、私は実演販売を続け、客を引き付ける話術としての口上を磨く。地元の叩き売りの6団体でつくる「門司港バナナの叩き売り連合会」の会長も務め、後継者を育成する「バナナ塾」を門司区役所と共催。芸の継承にも励む。

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始まりは2000年、会社員だった52歳の時。「宴会芸にしよう」という軽い動機で、バナナ塾の前身の「バナチャン道場」に5カ月通った。

そこで知った歴史は重みがあった。明治期に台湾などから大量のバナナが門司港に輸入され、熟れすぎたものや傷ものを港で売りさばいたのが始まり。最盛期には数十人の露天商が並び活況を呈したが、戦争の激化で輸入が絶えた。叩き売りも姿を消したが、地元の市民と行政が1970年代以降、地域おこしの一環として復活に取り組んでいた。

道場ではバナナに関する知識も学び、売り口上の基本を習得。01年の北九州博覧祭で実演デビューし、その時売れた快感にやみつきになった。

当時、叩き売りの全国的なブームが起きていた。芸達者な人は売れっ子で、各地の催しに請われて出かける。一方、私のような新参者にはあまり声がかからない。悔しくて必死で芸を磨いた。

門司の叩き売りには、受け継いできた定番の口上が幾つかある。「付くよ付くよと　何が付く　門司の港に船が着く　お寺のお坊さん　鐘を突く　私は貴方にしがみ付く」「親を殴るはバチ当たり　腹が痛けりゃ食当たり　こういう時にはこれ1本　食べりゃ痛みがすぐ止まる」。これをそのまま上手にやればバナナが高く売れる、はずがない。時代と共に人の感覚は変わる。こうした七五調四拍子の口上を基本に置きつつも、絶えず新味を盛り込まなければ客は「楽しんだから言い値で買おう」とはならない。

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そこが最も難しいところだ。流行にアンテナを張り、人との会話やテレビ、ラジオの内容で使える文句があればネタ帳のノートに書き込んだ。

例えば門司の叩き売りは「バナちゃん節」という客寄せの伝統の唄を初めに歌う。ただ歌うのは面白くない。「きょうはAKBBを同行しています。あ（A）かるい、か（K）わいい、バ（B）ナナ、バ（B）バアに歌ってもらいます」と熟れたバナナを見せて前置きすると、客が沸いた。

他にもテレビ局のアナウンサーが子供向けの番組で「テンション高めに　腰は低めに」と発した言葉をヒントに「高くて良いのが富士の山　低くて良いのが人の腰」という口上を考案。値切りたい客が「高い！」と言った時に、これを絶妙の間で発すると嫌み無く値切りをかわせた。

自分だけのセリフや口上を練って台本をつくるが、実演場所と集まる客層はその都度異なるので、台本をつくりこみすぎても良くない。当意即妙のアドリブが場の空気に応じてスラッと出るように引き出しを増やし、実演の修業を重ねた。

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努力が認められたのか、定年退職し「暇人」と思われたのか、8年前に地元の「バナナ節保存会」会長と門司港バナナの叩き売り連合会理事に抜てき。11年からバナナ塾講師に就き、教える側に立つことになった。

開講当初は塾生に「天才は努力するものに勝てん、努力するものは楽しむものに勝てん、と申します。楽しくやって下さい」と告げる。だが修了時は「難しい世界に入り込みましたな。100%の正解はないですから、不断の努力が大事です。車の運転免許でいえば仮免も取っていない段階ですよ」と覚悟を説く。

かくいう私もこの16年で千回前後の実演を経験したが、満足したのは1、2回しかない。最近になって「全員を振り向かせなくてよい。3割を注目させれば残りの7割も自然と付いてくる」とコツが分かった気がするが、まだまだ道半ばだ。

連合会理事の平均年齢は70代半ばで、後継者の育成は急務。塾の修了生は毎年10～20人出るが、活動が定着しないのが悩みだ。門司を離れた各地でバナナの叩き売りをする人がいるが、紋切り型の口上に終始し面白みを感じない芸も多い。発祥の地で本当の技を受け継いでいきたい。

（まさき・かずお=門司港バナナの叩き売り連合会会長）

［日本経済新聞朝刊2016年9月7日付］