アニメ『君の名は。』監督・新海誠 繊細な映像文学
今、熱い注目を集めるアニメーション映画監督だ。自宅のパソコンを使ってほぼ1人で作り上げたデビュー作「ほしのこえ」でアニメ界に衝撃を与え、新作を発表するたび国内外にファンを増やしてきた。最新のデジタル技術を駆使して生み出す精緻な風景描写はどこか懐かしく、繊細なセリフは心にしみ入る。「デジタル時代の映像文学」とも称されるゆえんだ。
新作「君の名は。」(公開中)は千年ぶりのすい星の到来を控えた日本が舞台。山あいの町で古い風習に息苦しさを感じている女子高校生と東京で暮らす男子高校生が、互いの心と体が入れ替わる夢を見る。
遠く離れた男女が不思議な縁で結ばれるさまを、自然災害という社会的テーマを織り込みながら壮大なスケールで描いた。「すれ違う男女」「地方と都会」「宇宙」。これまでの作品にもあったモチーフをさらに磨きをかけてちりばめた。
「自分の得意分野で物語を組み立て、絶対にこれはいいといえる作品にしたかった。同じことをやりたくないという監督もいるが、僕は得意なものであればためらうことなく繰り返してみる」と語る。
「星を追う子ども」(2011年)は古事記、「言の葉の庭」(13年)は万葉集と、日本の古典の要素を取り入れてきた。今回は小野小町の和歌に触発された。
思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを(あの人のことを思いながら眠りについたから夢に出てきたのであろうか。夢と知っていたなら目を覚まさなかったものを)
「遠くの男女が出会う、という方向性を考えていた時、古今和歌集をめくっていて目にとまった。現代まで生き残っている昔話や和歌には普遍性があり、そこには物語の形やモチーフが埋まっている」と語る。
定石にとらわれないのが新海流だ。ゲーム開発会社勤務の傍ら、デジタルの知識を生かして個人でアニメを作り始めた。
映画の設計図といえる絵コンテは紙に鉛筆で描くのが一般的だが、パソコンで描く。さらに監督自らセリフを声に出して吹き込み、絵コンテならぬ動画コンテとして仕上げる。自宅でそれぞれの作業に半年を費やした後、練り上げた動画コンテをもとに、スタッフたちがキャラクターや背景などを分業で描く。
「アニメを作り始めた時、物語を作りたいという気持ちがまずあった」という。ただ「自分は絵を描く人間ではないという感覚がずっとある」と打ち明ける。動画コンテも「セリフを読み上げ、そのリズムに絵をはめていく感覚」で作る。「絵というよりも言葉、音の人間」と自己分析する。
それでも「やるべきことはアニメーション映画」との強い思いを持つ。「アニメは時間軸を含めすべてを抽象化して表現できる。街並みを描くにしても、美しい部分あるいは不穏な部分だけを抜き出し、情報量を整理して表現できる。物語を伝える器として非常に優れている」
「映画を1本作ることで得られる何かがある。作らないと(創造性が)枯渇するような怖さがある」とも語る。「観客の人生を変えるような作品を作りたい」
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平凡な街並み変える光
美しい山並みを望む長野県・小海町で生まれ育った。突き抜ける青空や満天の星、生き生きした緑。新海作品の自然描写は故郷をモチーフに生まれた。また部屋に差し込む朝日や日なたと日陰といったもう一つの特徴である光の表現は「子どものころから親しんだコンピューターに原点がある」。
忘れられない映像がある。CGで描かれた球体のつるっとした表面に、周囲の風景が映り込んでいた。技術的には初期のCGだったが「まるで写真のようなリアルさに驚いた。まず光源があり、その光が球体にどう反射し拡散するかを計算してCGにする。光の経路を追いながら絵にする、ということが小中学時代の僕にとって大きな驚きだった」と振り返る。
太陽、スマホ、パソコン画面、世界はさまざまな光源と反射光に満ちている。「光を気にすると、何の変哲もない街並みもまるで神様が作ったような技巧に満ちた世界に見えてくる」
(文化部 関原のり子)
[日本経済新聞夕刊2016年8月31日付]
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