哀歓と自虐を包む川柳本 リアルな田舎やホームレス
田舎、ホームレス、シルバー、女子会――。一風変わった題材を扱った川柳本の刊行が相次ぐ。社会を風刺し続けてきた川柳の今は、日本社会の光と影や多様化した様相を映し出す。
東京は発展し、地方は衰退するばかり。そんな現状に一石を投じる川柳本が話題を呼んでいる。
〈東京に 続いている気が しない空〉
4月刊行の「イナカ川柳」(文芸春秋)に収められた一句だ。東京と地方の隔たりを感じさせるこの作品に共感する地方在住者は多いのではないか。収録した400句は情報誌「テレビブロス」(東京ニュース通信社)の投稿欄に掲載された作品の中からよりすぐった。添えられた撮り下ろし写真も笑いや郷愁を誘う。
1万部を発行
「リアルな田舎」を題材に川柳を募り始めたのは10年前。投稿者は40代を中心に10~70代と幅広い。「赤裸々な日常をユーモラスに表現することで、地方創生の視点では見えない、自虐や諦め、ささやかな幸せが入り交じる田舎の現状が伝わってくる」とテレビブロス編集スタッフの木下拓海氏。同書の発行部数は川柳本では強気の初版1万部で、「地方を中心に売れている」(木下氏)という。
路上生活者が自身の生活の哀歓をつづったのが、2月刊行の「ホームレス川柳」(興陽館)。作者は雑誌「ビッグイシュー」を路上で販売していた6人。ささやかな楽しみとして書き始め、雑誌と共に購入者に手渡したのが評判を呼んだ。
〈野良猫が 俺より先に 飼い猫に〉
〈節分や 豆をまかずに 口もとへ〉
孤独や飢えを嘆きつつもユーモアで包むたくましさが伝わる。編集担当の本田道生氏は「苦しさを吐露しつつ、ハッハッハと笑い飛ばす。悲喜こもごもを表現した句が共感を呼んでいる」と話す。購入層は中高年に加え、50代以上の女性が多い。同じ作者による「路上のうた」(ビッグイシュー日本)と合わせた発行部数は約1万部に上る。
一般公募による川柳ブームの火付け役は1987年に募集が始まった「サラリーマン川柳」。近年では日本社会の多様化を反映し、川柳本も「シルバー川柳」(河出書房新社)、「女子会川柳」(ポプラ社)、「スポーツ川柳」(飯塚書店)など百花繚乱(りょうらん)だ。
若い女性も参加
こうした川柳本ブームを追い風に、創作の現場も活況を呈す。8月中旬、東京・駒込学園の一室で、川柳総合雑誌「川柳マガジン」(新葉館出版)が主催する月例句会が開かれた。参加者は世話人の3人を含め計17人。60歳以上の男女が中心だが、「新しい趣味を持ちたい」と初めて参加した若い女性の姿もあった。
〈ポケGOに 埋もれカゲ錬 捗らず〉
テーマを設けない「自由吟」の一つだ。公園や運動場がスマートフォン(スマホ)向けゲーム「ポケモンGO」の利用者であふれ、部活動の練習をする場がなくなった様子を表した。
参加者からは「ポケGO」と略すのが面白いとの声や「カゲ錬」の意味が分かりにくいとの意見も出た。世話人の松橋帆波氏は「川柳は生活に密着した物や人をテーマに話し言葉で作る。意見を交わしやすく、技術を高め合える」と言う。
ブームの中から生まれた作品を見ると、心温まるものからダジャレまで様々だが、川柳の伝統を引き継いで、社会を風刺した批評性ある句が目に付く。同じ十七音字の定型でも、俳句は「詠む」、川柳は「吐く」といわれるゆえんだ。
「川柳には苦境に置かれた市井の人々が、皮肉やユーモアを武器に、権力をわらい、時代をえぐってきた歴史がある」と文芸評論家の楜沢健氏は指摘する。その上で「やりきれない思いや受け入れられない理不尽な現実を前に、飲み込めない思いを吐き出したい人が増えていることが、昨今の川柳ブームの背景にあるのではないか」と話している。
(文化部 近藤佳宜)
[日本経済新聞夕刊2016年8月30日付]
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